違いは鍵だけに

全部引き受けます、と見栄を切ったものの、これをまとめるのは大変な仕事だった。VOSをOSとして使うものの他、DPOSを使うものが銀行用、証券会社用、POS用とあった。合計4種類で、しかもそれぞれに大型と小型がある。

仕様を打ち合わせるにも相手がみんな違う。その上、銀行用の要求元は旭工場で、設計は頼むが生産は自工場でやりたいと言ってくる。

少しでも設計の手間を減らし、生産の効率を上げて要求納期を満足するには、とにかくできるだけ共通化を図る以外になかった。それぞれ異なる要求の背景を聞いて、重要な要求は聞き入れるが、本質的でない要求は共通化を優先して譲歩してもらうという交渉を根気よく続けた。

そのうち、各設計も共通化のメリットを認め出してくれ、証券会社用は、最後には寸法から色までまったく標準のDPOS版でいいと言ってくれた。これには証券会社用の端末システムをまとめていた長沢晴美さんの協力が大きかった。

「標準品で間に合うなら、標準品を使うべきだ」というのはこの世界の鉄則である。その方が、コスト上も、納期上も、信頼性からも得策なのだ。システム的に特徴を出すところは他にいくらでもある。

しかし、しばらくして、証券会社の営業店に置くので鍵をつけて欲しいという要求が出現した。その必要性は理解できたので、実施することにした。この鍵だけが標準製品と違うことになった。

銀行用は端末の制御部が、旭工場が設計した特殊なものだったため、証券会社用ほどは共通にならなかったが、それでも外形寸法はじめ大幅に共通化が図られた。生産は、全社的に見れば神奈川工場で一括して生産するのが明らかに得策だったが、旭工場の強い要望で旭工場でやってもらうことになった。共通の部材は神奈川工場で一括して生産して旭工場に供給し、共通化のメリットを生かした。

はじめはここまでうまくいくとは思っていなかったが、M-620/630ファミリーの共通化作戦は、各システム設計部門の協力で大成功だっだ。やはり交渉ごとでは、相手の要求の背景をよく理解し、譲るべき点は譲り、押すべき点は押して、最後には交渉相手も味方にしてしまうことだ。

こうしてDIPS設計部がM-620/630の他、DPOS用の3モデルを担当することになった。M-620/630は他社との価格競争が厳しくてなかなか収益が上がらず、収益面では端末コントローラの方が上だった。

後に佐々木秀三経理部長に言われたことがある。

「端末コントローラだけやってたら、部の業績がもっとよくなるのになあ」

開発費の回収を別にすれば確かにその通りだった。


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