home > Tosky's Archive > Archive 2007年 >

 

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年3月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

初めにデファクト・スタンダードありき

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

業界標準はどのようにして決まった?

ITの世界では事実上の業界標準(デファクト・スタンダード)がきわめて重要である。それはどのようにして決まってきたのだろうか?

コンピュータの初期には、データ入力の媒体はパンチカードだった。パンチカードにはIBM80欄のものとユニバックの90欄のものがあった。しかし、やがて90欄のものは使われなくなり、IBM80欄のものが事実上の業界標準になった。

また、コンピュータの初期には、磁気テープが外部記憶装置の主流だった。これにも初めはいろいろな種類のものがあった。テープ幅については1/2インチのものと3/4インチのものがあり、トラック数については7トラックのものと9トラックのものがあった。しかし、IBM1964年に発表したシステム/3601/2インチ幅で9トラックの磁気テープを採用すると、これが次第に業界の主流になっていった。

ローカル・エリア・ネットワーク(LAN)としては、1980年代には、ゼロックスが開発したイーサネット、IBMが開発したトークン・リング*1) などが覇を競っていて、両者とも標準規格に制定された。しかし、1990年代に入って簡便さなどの点からイーサネットの普及が進み、これが事実上の業界標準になった。トークン・リングは性能などの点で優れていて、IBMはその普及に全力を上げたが、業界標準の座を獲得できなかった。

ディジタル・カメラなどに使われているフラッシュ・メモリのカードについては、1994年にコンパクトフラッシュが初めて現れ、メモリースティック、SDメモリーカードなどがそれに続いた。現在はSDメモリーカードが全世界で60%以上のシェアを占めている。これは、メモリースティックがソニー1社によって開発され、それを使う機器のメーカーも限られるのに対し、SDメモリーカードは松下電器産業(現;パナソニック)、サンディスク、東芝によって共同で開発され、SDアソシエーションという団体が普及に努めたためである。

このように、業界標準は市場での力関係や仲間作りのうまさなどによって決まってきた。まず標準規格が制定され、それが普及して市場を制してきたわけではない。「初めにデファクト・スタンダードありき」である。

 

標準規格先行の試みは?

市場の動きとは別に、標準規格を制定してその普及を図ろうとしたプロジェクトはどうなっただろうか? 1960年代の末に、日本のコンピュータ・メーカーの代表が集まって、インタフェース’69というコンピュータ本体と周辺機器のインタフェースの標準規格を制定した。これはIBMのシステム/360のインタフェースに改良を加えたものだった。しかし、自社製品にこの規格を使うコンピュータ・メーカーは現れず、これは当時の電電公社がDIPSという自社用システムに採用しただけだった。しかし、IBMのインタフェースが広く普及すると、DIPSIBMのインタフェースを使うようになった。

このインタフェース’69を、日本は1969年にISOに標準規格案として提案した。しかし、これは7年間の審議の末、廃案になった1)。全世界のコンピュータの市場でIBMが圧倒的なシェアを占めるようになり、そのプラグ・コンパチブル製品も現れつつあった。もはやIBMの仕様とは違う標準規格に意味はなくなっていた。世界の現実から遊離した日本の努力は、結局功を奏さなかった。

1980年代に、世界市場を制しつつあったインテルのマイクロプロセッサやマイクロソフトのOSに対抗して、TRONプロジェクトが新しいマイクロプロセッサやOSの仕様を提唱した。この仕様に基づく製品は一時多少現れたが、この仕様が世の中に広く普及することはなかった。

1999年から、ウォルマートなどの大手小売業、プロクター・アンド・ギャンブルなどの大手商品メーカーが中心になって、商品にICタグを付けるプロジェクトを推進してきた。これに対抗して2003年以降、日本の経済産業省やユビキタスIDセンターは独自の商品コードを提案し、普及を図ろうとしている。しかし、その成果は疑問である。

 

今後はどうするべきか?

全世界で事実上の業界標準が決まりつつあるときに、より優れた点がある標準規格を提案しても、市場に受け入れられないことが多い。業界標準の世界では、「長い物には巻かれよ」、「無駄な抵抗はするな」が基本である。日本の場合は、言語や商習慣など、日本の特殊事情を強調する人もいる。しかし、ITの基本になる技術は世界共通であり、日本国内だけを対象にした製品は、開発費の負担や量産効果の面で大きなハンディキャップを背負う。また、企業活動や商品市場がグローバル化しつつある点からも、極力国際標準を採用するべきだ。

もう一つの問題は、メディアや政府が日本発の標準仕様の提案をもてはやしてきたことだ。メディアは、普及のレベルがまったく違う欧米仕様と日本仕様について、あたかも平等に戦っているような印象を与える記事をしばしば流してきた。そして、政府は国産技術育成の旗印の下に、積極的にこういうプロジェクトに予算を付けてきた。しかし、最終的には日本のIT産業に何ら貢献しなかったものが多い。

今後は、全世界に目を見開き、世界市場のニーズにマッチした製品の開発に力を注ぐべきだ。それに成功すれば標準規格は後からついてくる。

OHM20073月号

 

[後記] メモリ・カードの業界標準の戦いについては「OHM20082月号「メモリ・カードの教訓」をご参照いただきたい。

ウォルマートなどが推進している商品用のICタグについては、「OHM20068月号「商品用ICタグの今後の問題は?」で取りあげた。ウォルマートのほか、ドイツのメトロ・グループ、イギリスのテスコなどが現在も適用拡大に悪戦苦闘を続けている。日本ではヨドバシカメラが本規格のICタグを採用している。本規格の普及は当初の計画より遅れているが、現在のところ本規格が業界標準の本命であることに変わりはない。

 

*1) トークン・リング: LANの一種で、イーサネットが端末をスター状に接続するのに対して、端末を論理的にはリング状に接続する

 

参考文献

1) 戸田 巌、松永 俊雄、「電電公社のコンピュータ開発」、情報処理、20036月、pp.631-639、情報処理学会

 


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2007, Toshinori Sakai, All rights reserved