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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2008年2月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
メモリ・カードの教訓
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
メモリ・カードの現状
メモリ・カードとは、フラッシュメモリ*1) を搭載した小型のカードのことで、フラッシュメモリ・カードとも言われる。1990年代の半ば以降、ディジタル・カメラ、携帯電話、携帯音楽プレーヤなどに使われてきた。初期には、「コンパクトフラッシュ」、「スマートメディア」などの規格が広く使われていたが、1998年にソニーが「メモリースティック」を発売し、2000年には、松下、東芝、サンディスクの3社による「SDカード」が出荷された。そして、2000年以降、主としてこのメモリースティックとSDカードがメモリ・カードの市場で覇を競ってきた。
メモリースティックの規格は、発表時には、オリンパス、カシオ、三洋電機、シャープなどによって賛同され、当初は何社かの機器メーカーに採用された。しかし、その後普及が進まず、現在ソニー・グループ以外ではほとんど使われていない。そのソニー・グループでも、最近のパソコンやPLAYSTATION 3では、メモリースティックのほかSDカードも扱えるようになっている。また、ソニー・エリクソンの携帯電話にも最近はSDカードを使っているものがある。ソニーといえども、他社製品とのデータ交換やユーザーがすでに持っているSDカードの活用のために、SDカードに対応せざるを得なくなったのだ。
一方、SDカードは順調に市場を広げ、BCNランキングの調査によれば、2005年8月の国内販売枚数のシェアは、SDカードが65%、メモリースティックが14%である1)。国内だけでなく、コダックのディジタル・カメラ、ノキアやモトローラの携帯電話など世界中で使われていて、全世界のメモリ・カードのデファクト・スタンダードになっている。
なぜSDカードが勝ったのか?
なぜメモリースティックよりSDカードの方が広く普及したのだろうか? 両者ともいろいろなサイズのものがあるが、一般にSDカードの方が小さく、価格も安かったことが原因の一つである。また、メモリースティックは規格の種類が多すぎて混乱をきたしたこともその原因だと言われている。しかし、最大の原因は、規格のオープン化に対する力の入れ方の差だったのではないだろうか。
SDカードは、松下、東芝、サンディスクの3社が共同で発表し、2000年にSDカード・アソシエーションという団体を設立して普及に努めた。一方、ソニーも当初からメモリースティックの賛同メーカーを募り普及を図ったが、規格の中心はあくまでもソニー1社だった。ソニーは、次々とメモリースティック・ファミリーの新規格を発表し、自社の情報家電製品に採用したが、他社はこれに追従しなかった。ソニーと競合関係にあるメーカーは、事実上ソニー1社の支配下にある規格を採用することを敬遠したのだと思われる。
そしていったん普及度に差がつけば、あとは「強いものはますます強く、弱いものはますます弱く」なるのが常だ。
その教訓は?
1社の支配下にあるものが敬遠されるのは、いわゆる規格に限らず、コンピュータのアーキテクチャなど、一度採用したら切り替えが困難なものすべてについて当てはまる。1社の仕様が圧倒的に世の中を支配しているものがどのように受けとめられているか見てみよう。
まず、マイクロソフトのWindowsがある。各国の政府から大企業まで、目先のことだけを考えれば、Windowsを使うのが最も手っ取り早く、現にほとんどの組織がそうしている。しかし、中にはWindowsを意図的に避けてLinuxを使っているところもある。その大きな理由は、マイクロソフトの戦略によって振り回されるのを避けるためである。Linuxを採用すれば、品揃えが豊富なWindows用のアプリケーション・プログラムを使うのに制約を受ける。それにもかかわらずLinuxを採用するところが増えているのは、相当な代償を払ってでもマイクロソフトの束縛から解放されることを望んでいる組織が多いからだ。
もう一つの例は、アップルの携帯音楽プレーヤiPodと音楽配信サイトiTunes Storeの関係である。音楽配信と音楽の再生装置は、本来ユーザーが気に入ったものをまったく独立に選択できるべきものである。しかし、少なくとも2007年初めまでは、iTunes Storeの曲を携帯音楽プレーヤで聴くにはiPodを買わざるを得なかった。アップルのCEOのスティーブ・ジョブズは、このような状態はユーザーの利益に反すると主張してレコード会社を説得し、2007年に一部のレコード会社の曲は、他社の携帯音楽プレーヤでも聴くことができるようになった。アップルとしては、iPodとiTunes Storeの閉鎖的な関係を継続し、独占的な市場支配を続ける選択もあったはずだ。しかし、そういう道を選ばなかったのは、1社による市場支配は反発を招き、長期的には継続が困難なことをスティーブ・ジョブズが分っていたからだろう。
規格を自社の支配下に置けば、自社に都合が良いように規格を方向付けることができる。しかし、それは他社の利益を損なう可能性があり、反発を招く。その結果、その規格が普及しなければ、最終的には自社が打撃をこうむる。したがって、規格はできるだけオープンにし、たとえ自社が率先して規格の成立を図る場合でも、業界団体の結成などにより、規格からはできるだけ特定のメーカー色を払拭することが重要である。
「OHM」2008年2月号
[後記] BCNランキングによると、2008年1月のメモリ・カードのシェアは、SDカード・ファミリーが74%、メモリースティック・ファミリーが13%で、両者の差はますます開いている2)。
ここ数年激しい主導権争いを展開してきた次期DVDの規格については、2008年2月に東芝がHD DVDから撤退し、ソニー陣営のブルーレイ・ディスクが勝利を収めた。ここでも米国の大手映画会社の動向が決め手となり、仲間作りの重要さを再認識させられた。
2008年6月には、「IPTVフォーラム」という、IP (Internet Protocol)を使ってテレビ映像を配信する規格の標準化団体が発足した。本格的にIPTVが普及する前にこういう活動を始めたのは、過去の苦い経験の反省からだろう。だが、既存サービスとの兼ね合いや海外との関係など、利害が対立する要素もあるので、フォーラム設立の美しい謳い文句がどこまで実現するかは予断を許さない。
いずれにしても、業界標準の主導権争いは永遠に続く。
*1) フラッシュメモリ: 電源を切っても記憶内容が消えない半導体メモリで、書き込みはブロック単位で行なう
参考文献
1) 「SD連合がシェア65%で圧勝、メモリーカード規格対決、買い得なのは?」、BCNランキング ニュース、2005年10月3日
(http://bcnranking.jp/news/0510/051003_2320.html)
2) 「microSDが4割突破のメモリカード、容量はGBクラスがあたりまえの時代に」、BCNランキング ニュース、2008年2月22日
(http://bcnranking.jp/news/0802/080222_9919p1.html)
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