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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年8月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM」20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

 

商品用ICタグの今後の問題は?

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

商品用ICタグの最近の動き

小売店で販売される商品に付けるICタグについては、1999年にマサチューセッツ工科大学の中にオートIDセンターという組織が設立され、EPC (Electronic Product Code)という標準規格が制定された。そして、エイリアン・テクノロジなどのメーカーがこの規格に適合した安いICタグの開発を推進してきた。20036月には、世界最大の小売業である米国のウォルマートがこのICタグの装着を納入業者に義務づけると発表した。200311月にはオートIDセンターの業務が新設のEPCグローバルという組織に引き継がれた。この組織は、全世界の商品用バーコードを共同で管理しているGS1 (EANインターナショナル)と米国のGS1 US (UCC)の合弁である。この商品用ICタグはその後どうなっただろうか?

EPCの規格については、当初のGen1 (Generation 1)に対し、Gen2200412月に制定された。これはGen1に対し、データ転送速度の高速化、商品識別コードのビット数の拡張などを行ったものである。今後はすべてGen2に移行していく。

ウォルマートでは、20051月から100余りの納入業者にEPCが適用された。20061月にはそれが約300社に増え、20071月には600社以上になる計画である。また、2006年末までには1,000以上の店舗とディストリビューション・センターでEPCが使われる予定という。アーカンソー大学の調査によるとEPCの導入によりウォルマートの店舗での品切れ率は平均16%改善されたという1)。同社は現在Gen2へ切り替え中である。

米国の小売業界ではターゲットやベスト・バイもEPCの適用を推進している。ターゲットとウォルマートは一部の納入業者間でEPCデータの共通化を図っている。これは流通業界全体でのEPCデータの共通化に発展して行く可能性がある。

現在、ウォルマートなどは、個別商品でなく商品を収納したケースやパレット*1) EPCのタグを付けている。しかし、ベスト・バイなど、一部の商品について個別商品へのタグの取り付けを試行しているところもある。

ヨーロッパでは、ドイツ最大の小売業のメトロ・グループが2003年から一部の店舗でGen1EPCタグを使ってきた。20065月現在22の店舗やディストリビューション・センターでタグを使っている。現在、Gen2への切り替え中ということだ。

イギリスのマークス・アンド・スペンサーも2003年からEPCタグを個別の衣料品などに使ってきた。現在その適用を拡大しつつある。

そして、日本では20065月からヨドバシカメラが川崎の物流センターでGen2EPCタグを使い出した。

 

今後の問題は?

では、前述のウォルマートをはじめとする動きが、今後そのまま全世界に広がって行くのだろうか? 話はそれほど単純ではないようだ。

一つの問題は、北米とヨーロッパ、日本などで電波の割り当てが違うことである。Gen2860960MHzUHF帯を使うことになっている。この周波数帯で、北米では26MHzの帯域が使えるのに対してEUや日本では2MHzの帯域しか使えない。そのため、多数のリーダを使用する際の相互干渉防止に、ヨーロッパや日本では、北米で使われている周波数ホッピング*2) の技術が使えない。現在、メトロ・グループやヨドバシカメラは、性能を多少犠牲にしてLBT (Listen Before Talk)*3) という方式で対処している。

20065月にEUETSI (European Telecommunications Standards Institute)は、RFID (Radio Frequency Identification)の電波規制は長期的にどうあるべきかという議論を始めた。EPCの適用で先行していた英国最大の小売業であるテスコが、当初の計画を遅らせているのは、この辺の動向を見極めたいという考えによるものと思われる。

もう一つの問題は個別商品へのICタグの取り付けである。もともとEPCのタグは個別商品への装着を念頭に置いたものだった。しかし、当初はICタグがまだ十分安くなかったため、ウォルマートなどは、まず商品のケースやパレットに適用することにした。Gen2の規格はこの用途に適したものである。

その後、ICタグが安くなり、ウォルマートなどが個別商品への適用の検討を再開した。そして現在EPCグローバルなどで、個別商品用のICタグはGen2の使い方を工夫して対処すべきか、それとも、HF*4) などの別規格を制定すべきかが議論されている。Gen2を使えばタグやリーダをケースやパレット用と共通にできるメリットがあるが、混信防止の技術的問題がある。一方、HF帯を使えばタグや機器の共通化に難点があるが、POS端末などでの混信防止は容易だ。個別商品専用ならHF帯の方が優れている点が多く、ファイザーなど一部の製薬業者はすでにHF帯のタグを個別商品に付けている。EPCグローバルも20065月になってHF帯のタグの再検討を始めた。

このような問題があるため、ここ12年は、世界中の標準化機関や企業で商品用ICタグの将来の方向付けについて検討が続くだろう。しかし、EPCのタグが今後の流通業界のタグの本命であることに間違いはない。欧米の主な小売業がすべてEPCタグの適用に真剣に取り組んでいるのに、日本の小売業界では、現在のところヨドバシカメラの話しか聞こえてこない。世界の小売市場が一つになりつつある現在、日本の小売業ははたしてこれでよいのだろうか?

OHM20068月号

 

[後記] 前記のように、EPCグローバルはHF帯のICタグの規格を検討してきが、いまだにその規格は正式制定に至っていない。一方、ウォルマートやベスト・バイは、2007年から映画会社の協力を得て、UHF帯のタグを個別のDVDに付け始めた。

個別商品用タグの技術的問題や経済効果の問題のために、ウォルマートはICタグの適用拡大が当初の計画通りに進まず、悪戦苦闘中である。同社は2008年初めから、新しい試みとして、同社の会員制倉庫型店舗である「サムズ・クラブ」で、ある一つの流通センターへの全商品納入業者に対し、全納入商品にICタグを取り付けることを義務付けた。納入業者が取り付けない場合はウォルマートが取り付け、その費用を納入業者に負担させるという。こうして、一地域のサムズ・クラブについては全店舗の全商品にICタグを取り付けて、その効果を確認しようとしている。

 

*1) パレット: 荷物を載せてフォークリフトなどで運ぶときに使われる台

*2) 周波数ホッピング: 高速に周波数を切り替え、妨害電波の影響を低減する技術

*3) LBT: 電波を発信する前に、その周波数が他の機器によって使われていないことを確認し、混信を防止する技術

*4) HF帯: High Frequencyの略で、一般には330MHzICタグでは13.56MHzがよく使われる

 

参考文献

1) “EPC Reduces Out-of-Stocks at Wal-Mart”, RFID Journal, Oct. 14, 2005

(http://www.rfidjournal.com/article/articleview/1927/1/1/)

 


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