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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年6月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年3月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)
WiMAXはどうなる?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
固定WiMAX製品が続々登場!
WiMAX(ワイマックス)とは、「OHM」2005年6月号「WiMAXの登場で何が起きる?」に記したように、10km程度離れたところでも最大75Mbpsの速度で通信できる新しい無線通信技術である。その第1ステップとして、固定した場所にある端末に対する規格が2004年6月に制定された。その製品の認定作業が、2005年7月からスペインのマラガにあるセテコム(Cetecom)で行われ、2006年の1月から3月末までに8社の14製品がWiMAXフォーラムによって認定された。
一方、正式な認定製品が現れる前から、世界各地で固定WiMAXを使った商用サービスが始まっている。最近の事例から拾うと、アルバリオンの機器を使ったペルー、ケニア、マダガスカルのシステム、アパート・ネットワークスの機器を使ったインドネシアやウクライナのシステム、レッドライン・コミュニケーションズの機器を使ったクロアチアのシステムなど、開発途上国や人口密度の低い地域を対象にしたものが多い。ADSLや光ファイバが普及していない地域でブロードバンドのサービスを提供しようとするものだ。
商用サービスの事例には、ネクストネット・ワイヤレスの機器を使ってクリアワイヤが提供している米国の地方都市向けのサービス、ナビビ・ネットワークスの機器を使ったイタリアやオーストラリアの地方都市を対象にしたシステムなど、先進国の事例もある。しかし、これらもやはりADSLや光ファイバのサービスが行き届いていない地域が主対象だと思われる。と言うのは、ブロードバンドが普及している先進国の大都会ではほとんど商用サービスが始まっていないからだ。唯一の例外は、日本でのYOZANによるサービスである。
BT、AT&T、フランス・テレコム、ドイツ・テレコム、NTT、KDDIなど、世界中の大きな通信事業者もWiMAXの実験を始めている。しかし、これらの通信事業者で商用サービスを開始したところはまだない。その理由の一つは、正式な認定製品が現れ出したのは2006年になってからであり、これらの企業にとって未認定製品を使ってのサービス開始はリスクが大きすぎたからだろう。
そして第2の理由は、次に触れるモバイルWiMAXの規格の確定によってWiMAXに対する戦略が難しくなってきたため、LSIや機器メーカーの動向をもう少し見極めてから判断しようとしているのではないかと思われる。これらの大通信事業者が対象にしている地域にも、今後のラスト・マイル*1) の敷設にはADSLや光ファイバよりもWiMAXの方がコストが安くなるところが多いはずだ。したがって、いずれこれらの通信業者もWiMAXを使うようになると思われる。
モバイルWiMAXの規格が決定!
固定WiMAXとは違い列車やクルマで移動中も使える、モバイルWiMAXの規格である802.16e-2005(旧名802.16e)が2005年12月に最終的に決まり、多くのメーカーがその対応を発表した。
LSIメーカーでは、イスラエルのランコム・テクノロジーズ、インド系の米国企業であるビーシーム・コミュニケーションズなどが製品を発表した。また、STマイクロエレクトロニクス、イギリスのピコチップなどは、現在出荷中の固定WiMAX用チップで、ソフトウェアを変更することによりモバイルWiMAXに対応すると発表した。そして長年WiMAXの普及を推進してきたインテルは2006年3月のIDF(Intel Developer Forum)で、同年後半にモバイルWiMAXのPCカード*2) を出すと発表し、またノートパソコン用のWiFi/WiMAX兼用の無線チップも発表した。
機器メーカーでは、エアスパン・ネットワークスがノートパソコン用のアダプタを発表した。基地局は固定WiMAXの機器のソフトウェアをアップグレードして対応するという。また、アルカテルもモバイルWiMAX用ベース・ステーションを発表した。しかし、他の機器メーカーには、まだモバイルWiMAXへの対応を明確にしてないところが多い。アルバリオンは、ここ数年は固定WiMAXが重要な成長市場なのでそこに注力すると表明しているが、他にも同じように考えている企業があるのではないかと思われる。1)
モバイルWiMAXの課題は?
現在、モバイルWiMAXに力を入れているランコム・テクノロジーズ、ビーシーム・コミュニケーションズなどは最近WiMAXの市場に参入し、固定WiMAX製品の販売実績がない企業だ。現在、固定WiMAX製品を販売中の企業に、モバイルWiMAXの市場への参入を控えているところが多い理由の一つは、固定WiMAX製品の開発コストの回収が当面の重要課題なためである。しかし、理由はそれだけではないようだ。
固定WiMAXの規格とモバイルWiMAXの規格には互換性がない。そして、新しく定められたモバイルWiMAXの規格には、固定WiMAXとして使った場合にも通信距離の延長などのメリットがある。したがって、将来的には新仕様による基地局で、既設の固定WiMAX端末も含め、固定/モバイル両方のWiMAX端末と通信できることが望ましい。そのため、どういうステップを踏んでそういう世界に軟着陸させるかがこれからの検討課題である。
こういう問題があるため、過去のしがらみがない企業はモバイルWiMAXに積極的だが、すでに固定WiMAXの顧客を抱えている企業には様子を見ているところが多いのではないかと思われる。
「OHM」2006年6月号
[後記] 携帯通信事業者では、米国のスプリント・ネクステルが次世代の通信技術にWiMAXを採用することにし、2008年9月から全国に展開中である。日本ではKDDIを中心とするグループが2009年7月に商用サービスを開始する予定だ。しかし、その他の大通信事業者には現在WiMAXを採用する動きは見られない。
一方、LTEという携帯電話の次期規格が最近急速に具体化し、2008年12月に規格が実質的に固まった。2009年から製品の出荷が始まる見通しである。本規格は通信速度などの点でWiMAXを超えるため、長期的にはWiMAXの市場をカバーすることになると思われる。WiMAXは2001年のフォーラム設立以来、規格の拡充などに時間を取られ過ぎ、先進国の大都市圏では無線通信技術の主流の一つとなるタイミングを失ってしまったようだ。
*1) ラスト・マイル: 通信事業者からユーザーへ向って敷設された通信回線の最後の部分。日本では「ラスト・ワン・マイル」ともいう
*2) PCカード: ノートパソコンなどにモデム、無線LANなどの機能を追加するときに使われる拡張機能用カード
参考文献
1) “Alvarion Reports Fourth Quarter and Full Year 2005 Results”, Press Releases, February 8, 2006, Alvarion (http://www.alvarion.com/presscenter/pressreleases/4173/)
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