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オーム社「Computer & Network LAN」2005年3月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
技術力は無力で先行者は脱落する?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
先行者脱落の歴史
新製品を開発し、新市場を開拓した企業は、市場競争で圧倒的に有利なはずである。だが、ITの世界の実態はどうだろうか? 歴史を振り返ってみよう。
メインフレームでは、レミントン・ランド(現;ユニシス)が1951年に世界初の商用コンピュータであるユニバックを世に出した。しかし、その後IBMが強大な資金力にものを言わせて巻き返し、1964年の360シリーズの発表以降、圧倒的な優位に立った。それでも1960年代には、米国では白雪姫と7人の小人と言われ、白雪姫のIBMに7社が対抗していた。ところが、1970年以降順次撤退し、最後にはIBM だけが残った。
パソコンは、1970年代にはアップルほか多くの企業が手がけていた。そして、1981年にIBMがこの市場に参入した。後発のIBMは、周辺機器やアプリケーション・ソフトの品揃えを急ぐため徹底的に仕様を開示し、「この指とまれ」作戦を展開した。その結果、IBMの仕様が業界標準になり、コンパック(現;ヒューレット・パッカード)やデルなど多数のメーカーが互換製品の販売を始めた。そして、互換製品に市場を奪われたIBMは、2004年12月についにパソコン事業からの撤退を発表した。しかし、IBMが現在のウィンテルのパソコンの生みの親であることは確かだ。
パソコン用OSでは、1970年代にはディジタル・リサーチのCP/Mが最も優勢だった。そのため、1980年にパソコン用OSを探していたIBMは、まずディジタル・リサーチに接触したが、同社は対応を誤り受注に失敗した。そして、自社ではOSを持っていなかったマイクロソフトが、シアトル・コンピュータ・プロダクツからOSの全権利を5万ドルで買い取ってIBMに提案し、これが業界標準のMS-DOSになった。
GUI (Graphical User Interface)という、マウスでアイコンをクリックしてパソコンを操作する技術は、ゼロックスのパロアルト研究所で1973年に最初に使われた。この技術はアップルによって商品化され、1984年にMacintoshに適用された。マイクロソフトはこの技術の重要さを認識し、1983年にWindowsを発表したが、本格的に実用に耐えるWindows 3.1がリリースされたのは9年後の1992年だった。この間マイクロソフトは「口先ビジネス」でつないだのだが、結局Windowsが業界標準になった。
表計算ソフトは、1979年に発売されたVisiCalcに始まった。しかし、これはIBMのパソコンへの対応が遅れ、1983年にロータスがIBMの最新のパソコンで使えるLotus 1-2-3を発売して大成功を収めた。マイクロソフトのExcelは1985年にMacintosh用として発売され、1987年にやっとWindowsでも使えるようになったが、1990年代に入ると、OS、ワープロ・ソフトなどとの連携の強みを生かして、Lotus 1-2-3のシェアを奪った。
ワープロ・ソフトとしては、1978年に発売されたWordStarが、初めての本格的なものだった。そして、1980年に発売されたWordPerfectが使い勝手がよく、1980年代にはこの市場で優位を占めていた。マイクロソフトのWordは1983年に発売されたが、当初はWordPerfectに及ばなかった。しかし、1990年代に入って、ほかのソフトウェアとの連携が効いて、WordPerfectのシェアを奪った。
ブラウザとしては、1993年にMosaicが初めて一般に公開され、ネットスケープ・コミュニケーションズがこれを商品化して大成功を収めた。しかし、マイクロソフトがインターネットの重要さに気付き、1995年にInternet Explorerを出した。これは当初品質上の問題が多かったが、次第に改善され、Windowsに無料で添付されたことが効いて、ネットスケープのシェアを奪った。
なぜ先行者は脱落するのか?
これだけ事例が多いと、先行者の脱落には何か共通な理由がありそうだ。
その一つは、新市場の開拓には新技術が重要と言っても、IT関係の製品はソフトウェアの比重が高いため、同等なものを容易に作れることだ。ソフトウェアは著作権で保護され、また近年特許の対象にもなったが、保護される範囲は限られる。ハードウェアも、他社から部品を調達して組み立てたものが多いので、模倣が容易だ。
また、IT関連製品は、単独でなく組み合わせて使われるものが多いので、マイクロソフトのように基本になる製品を押さえている企業が圧倒的に有利である。そして、単独の製品は常に主流のプラットフォームに乗り続ける必要があり、VisiCalcはそれに失敗した例だ。
また、事業として成功するには、資金力や営業力など技術力以外の要素が大きい。そして、ディジタル・リサーチのように、自社の技術力に対する過信が脱落の理由と思われるケースもある。
「先行者は脱落する」と言っても、自然科学の法則ではないから、必ずそうなるとは限らない。しかし、ITの世界には上記のような理由があるので、今後もそうなるケースが多いと思われる。したがって、新技術で新市場を開拓した企業も油断できないし、逆に、それほど技術力を持たない企業にもビジネス・チャンスはある。
「Computer & Network LAN」2005年3月号
[後記] 先行者の脱落はその後も続いている。しかも、前記のWindows、Word、Internet Explorerなどのように、先行者を脱落させた後発製品のほうが優れているとは限らないのが現実である。最近小生が体験したメール・クライアント(電子メールを処理するソフト)の例を「OHM」2008年1月号「悪い製品がよい製品を駆逐?」でご紹介しよう。
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