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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2008年1月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
悪い製品がよい製品を駆逐?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
メール・クライアントを切り替えたら・・・
ユーザー数がどんどん増えて、現在広く一般に使われている製品は、ユーザー数が減少し世の中から消え去りつつある製品より、機能や使い勝手の面で優れているはずだと誰でも思う。しかし、ITの世界では、現実は必ずしもそうではない。最近小生が身を持って体験した例をご紹介しよう。
インターネットのメールをパソコンで処理するソフトはメール・クライアント、メール・ソフト、メーラーなどと呼ばれ、現在、世界中でマイクロソフトのOutlook Expressが最もよく使われている。インターネットの初期には、ネットスケープ社のNetscape(Netscape Navigator、 Netscape Communicator、Netscapeと名前が変わったが、ここではNetscapeと総称)が多くの人に使われていたが、その後、ユーザーが減り、メール・クライアントとしては2002年にリリースされたものが最後になった。
小生は、Netscapeを1996年以来使い続けてきた。今まで特に不便を感じなかったためと、切り替えの手間、新旧メール・クライアントを使い分ける不便を避けるためである。しかし、最近スパムメールの処理などで不都合が増えたため、Outlook Expressに切り替えた。2001年にWindows XPと共にリリースされたVersion 6という、近年広く一般に使われているものにしたので、今までNetscapeでできたことはOutlook Expressでもできるだろうと思っていた。しかし、この期待は見事に裏切られた。主な問題をご紹介しよう。
まず、「マルチアカウント」に対する配慮が足りない。会社用と個人用、複数のプロバイダの使い分けなどで複数のメールアドレスを持っている人、つまりアカウントを複数使っている人は多いはずだ。こういう人は、受信や送信したメールをアカウント別に管理したい。ところが、Outlook Expressではこれがうまくできない。受信メールのフォルダの下に、アカウントごとのサブフォルダを定義すれば、受信メールは自動的に振り分けてくれるが、送信メールは、サブフォルダに手作業で移す必要がある。また、他のソフトが検出したスパムメールを自動的にスパム用フォルダに移す機能があるが、受信メールをサブフォルダに振り分けるようにすると、スパム用フォルダには自動的に移されず、毎回手作業が必要になる。
そして、「テンプレート」が扱えない。業務連絡や同好会の案内などで、決まった形式のメールをしょっちゅう送信するとき、定型文をテンプレートとして登録しておくことができれば、追加箇所だけ記入して送信メールを作成できるので便利だ。Netscapeにはこのような機能があるが、Outlook Expressにはない。小生は、テンプレート用のフォルダを作って、そこに「下書き」フォルダ経由でテンプレートを保存し、それを使うときは保存してあるテンプレートを再度「下書き」フォルダにコピーするという面倒な方法で何とか間に合わせている。
また、「エクスポート」、「インポート」の機能も不完全である。アドレス帳をフォルダによってグループ分けしているとき、エクスポート/インポート機能で別のパソコンに移すと、グループ分けがなくなって一つになってしまう。
これらの問題に対し、インターネットにはいろいろな代替手段が掲載されているようなので、不便を感じている人が多いのだろう。最新版や上位製品では解決されているのかもしれないが、このように、市場を制覇している製品が市場から消え去りつつある製品に及ばないのが現実である。
他の製品についても
このような問題はメール・クライアントに限らない。ウェブを閲覧するブラウザについても、以前はNetscapeが主流であったが、現在はマイクロソフトのInternet Explorerが圧倒的なシェアを占めている。しかし、ウェブの画面を印刷するとき、Netscapeできちんと印刷できてもInternet Explorerでは右端の文字が欠けてしまうことがある。日本の金融機関のオンラインサイトには、Internet Explorerしか使えないところが出てきたため、小生も数年前からこれを使い出したが、前述のような問題があるため、いまだにNetscapeを併用している。
また、古い話になるが、ワープロ・ソフトとして、米国では1980年代後半にはWordPerfectが最も評判がよく、広く使われていた。しかし1990年代に入って、マイクロソフトがワープロ・ソフトのWordを表計算ソフト、プレゼンテーション・ソフトなどと合わせて提供するようになると、次第にシェアを失っていった。現在でも、WordPerfectを懐かしみ、不満を抱きながらWordを使っている人が多いと言われている。
市場を制覇するのは
単独ではそれほど優れていないソフトウェアでも、他のソフトと組み合わせて、パソコンにインストール済みで提供されれば、ユーザーにとっては面倒が省け、よほどのことがない限り、その製品を使うようになる。そして、ソフトウェア製品のコストは固定費が大半なので、ユーザー数が多いと圧倒的に有利になるため、資金力のある企業は、最初は非常に安く提供してシェアの拡大を図る。このようにして、ITの世界では、ビジネスとしての成功が、製品の優劣以外の要素によって大きく左右される。優れた製品が市場を制覇するとは限らない。
経済学では「悪貨が良貨を駆逐する」というが、ITの世界でも「悪い製品がよい製品を駆逐する」ことがしばしば起きるようである。
「OHM」2008年1月号
[後記] 小生はその後、OSをWindows XPからWindows Vistaに切り替えた。Vistaでは、メール・クライアントは新しく開発されたWindows Mailしか使えない。これは最新製品なので、前記のような問題が少しは改善されていることを期待したが、前記の、マルチアカウントの問題、テンプレートの問題、エクスポート/インポート機能の不完全さなどは基本的に同じだった。改善されたのはスパムメールの処理ぐらいだ。マイクロソフトの圧倒的な市場支配力が技術レベルの停滞、いや、退歩をもたらしている一例である。
マイクロソフトの名誉(?)のために付け加えれば、前記のInternet Explorerの印字不良の問題は、最近のVersion 7では改善されているようである。
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