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(株)エム・システム技研 「エムエスツデー2016年10月号 掲載        PDFファイル (エム・システム技研のサイトへ)

      

ITの昨日、今日明日

 

第16回(最終回) 中国が、スーパーコンピュータの市場を席巻!?

 

酒井ITビジネス研究所  代表 酒 井 寿 紀

 

中国が台数でも処理能力でも世界のトップに!

毎年6月と11月に、全世界のスーパーコンピュータの上位500台が「TOP500」として発表されます。今年の6月には、中国で稼働しているスーパーコンピュータが、その1位と2位を占めました。1位の「太湖の光」は今回初登場したものですが、2位の「天河2号」は20136月から201511月まで1位だったものです。従って、中国はここ3年半にわたって、1位の座を守り続けたことになります。

しかし、中国が全世界を驚かせたのは、1位の座を守り続けていることだけではありません。20166月には、台数でも処理能力でも中国が米国を追い越して世界一になったのです。

上位500台に占める台数は、中国が168台で1位、米国が165台で2位でした。ちなみに日本は29台で3位です。1年前の20156月には、米国は233台で1位、中国は37台で3位だったので、この1年の中国の躍進ぶりには驚きます。

また、上位500台の処理能力の総計のうち、中国は37.3%1位、米国は30.5%2位です。1年前には、米国が44.5%、中国が13.7%だったので、処理能力でも中国が米国を逆転したのです。

そこで今月は、全世界のスーパーコンピュータの技術動向の中で、中国がどのような戦略を採っているのかを見てみましょう。

 

X86CPU90%以上に

昔は、スーパーコンピュータに限らず、大型コンピュータには専用のLSIが使われていました。市販の汎用CPUでは目標性能の実現が困難だったからです。

しかし、元々パソコンや端末用に開発された汎用CPUの性能がどんどん向上すると、これを大量に使ってスーパーコンピュータを作ろうという動きが始まり、今世紀に入ってそれが主流になりました。

パソコンの初期には何種類もの汎用CPUが存在しましたが、弱肉強食の市場競争で、インテルのX86系が事実上の世界標準になりました。今年6月のTOP500では、上位500台中468(93.6%)にX86CPUが使われています。X86系を使っていないものは、IBMPOWER系が23台、富士通のSPARC系が7台(日本の「京」を含む)、中国の独自CPU2台の、合計32(6.4%)だけです。

中国で稼働している168台について見ると、上記の中国独自のCPUを使っている2台、POWER系の3台を除いて、163台(97%)が米国製のX86CPUを使っています。前記の「天河2号」もX86系です。

ITの世界では、世界中で大量に使われている汎用部品を使いこなすことが、原価低減や部品の安定供給などの点で非常に重要です。特殊な部品を採用すれば、短期的には競争に勝てるかも知れませんが、ソフトウェアの互換性がなくなり、後継製品を開発し続ける必要が生じるので、長期的には不利になることが多いのです。そのため、中国を含めて全世界でX86CPUを使ったものが圧倒的に多いのがスーパーコンピュータの現状なのです。

 

X86系に挑戦

このように、現在全世界の多数のスーパーコンピュータにX86CPUが使われていますが、これには次のような問題があります。

1の問題は、X86が元々パソコン用として開発されたため、演算中心のスーパーコンピュータには必要がない機能が多く、それが半導体の原価や消費電力などの負担になっていることです。

その解決策として、演算を得意とするグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)X86と併用しているものが多数あります。中国の天河2号もX86GPUを併用しています。

他の解決策には、汎用CPUより機能を単純化したRISCプロセッサを使う方法もあります。IBMPOWERや富士通のSPARCを使ったスーパーコンピュータはこういう道を選んだものです。中国の「太湖の光」も、中国が独自に開発したRISCプロセッサを使っています。

X86系の第2の問題は、米国の一民間企業であるインテルが中心になって開発・生産を進めていることです。そのため、これをスーパーコンピュータに全面的に使うと、軍事用機器の中核技術を他国の一民間企業に握られてしまうことになり、国家の安全上問題があることです。

中国の「太湖の光」がX86を使わず、独自CPUを開発したのには、こういう理由もあると考えられます。

 

ヘテロジニアスなマルチコアを採用

パソコン用のCPUの性能を向上させるため、1つのLSIの中に複数個の演算回路を搭載することが一般的になりました。演算回路をコアというため、これは2コア、4コアなどのマルチコアと呼ばれています。

スーパーコンピュータは膨大な数のCPUを使うので、さらに多数のコアを1つのLSIに搭載することが試みられました。たとえば、IBMPOWERのコアを18個搭載したブルー・ジーン/QというLSIを開発して、2012年にスーパーコンピュータに採用しました。このようにマルチコアの中でもコア数の多いものはメニーコアとも呼ばれています。こうしてLSIの数を減らして原価を下げ、装置の小型化によって信号の遅延時間を減らしているのです。

マルチコアには、2種類のものがあります。その1つは、ブルー・ジーンのように同じコアを使ったもので、「ホモジニアス」(同種の)と呼ばれています。

その他に、「ヘテロジニアス」(異種の)という、2種類のコアを使ったものもあります。たとえば、ソニー、IBM、東芝が共同で開発したCell(セル)」は、制御用コア1個と演算用コア8個を1つのLSIに搭載したものです。これは元々ソニーのゲーム機用に開発されたものですが、IBMはこれを使った「ロードランナー」というスーパーコンピュータを開発しました。

中国の「太湖の光」に使われているLSIは、256個の演算用コアと4個の制御用コアを1つのLSIに搭載しているので、極めて高度なヘテロジニアスのマルチコア技術によるものと言えます。

TOP500は、自動車のF1レースのようなものなので、これがそのまま実用面でのスーパーコンピュータの実力を表しているとは言えません。しかし、筆者は1980年代に、中国でまだ真空管のコンピュータが使われているのを見て驚いたので、今回のTOP500には隔世の感を禁じ得ません。

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長期間にわたってお付き合いいただきましたことを、厚くお礼申しあげます。 

 


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