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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2014年11月号 掲載        PDFファイル

 

非標準が標準に?・・・TD-LTEの足跡

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

  

中国移動が生みの親

中国には通信事業者が3社あり、第3世代の携帯電話では、中国移動がTD-SCDMA、中国聯通がW-CDMA、中国電信がCDMA2000と、それぞれ政府が割り当てた規格を採用していた。このうち、W-CDMACDMA2000は世界中で広く使われていたが、TD-SCDMAは中国独自の規格で、他の国では全く使われておらず、使用できる端末も限られていた。

そのため、2009年に第3世代のサービスが始まると、中国移動は他の2社にシェアを奪われていった。同社はその対策として、中国独自の第4世代の規格であるTD-LTEへの切り替えを急いだ。第4世代には3社とも同じ規格になり、平等になると期待したのだと思われる。2010年には、早くもTD-LTEと車体に大書したクルマが街を走りまわっているのをテレビで見て驚いたことがある

国際標準の第4世代の規格であるLTEは、上りと下りの通信に周波数分割方式(FDD)を使うが、TD-LTEは時分割方式(TDD)を使う。TDDの方が周波数帯域の利用効率などの面で優れているとともに、特に中国移動にとっては、第3世代のTD-SCDMAからの移行上有利なことが、中国移動がTD-LTEを採用した理由だと思われる。

こうして、中国移動は2011年にTD-LTEのテスト運用を始め、201312月に正式サービスを開始した。

 

ソフトバンクが飛びつく

日本では、2007年に総務省による新周波数帯域の割り当てが行われ、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、ウィルコムの4陣営が申請した。同年末に、WiMAXでの使用を提案したKDDI陣営と次世代PHS(XGP)での使用を提案したウィルコムが選ばれ、NTTドコモとソフトバンクの2陣営は選に漏れて涙を呑んだ。

ところが、2009年にウィルコムは経営的に行き詰まり、2010年にソフトバンクが買収した。ソフトバンク陣営は、XGPの計画を見直し、2011年にAXGPという通信方式で、ウィルコムから取得した周波数帯域を使ってサービスを開始した。AXGPという名前はXGPに似ているが、実態はTD-LTEそのものである。ソフトバンクは中国で1億人以上のユーザーが見込まれる通信方式を採用して、通信設備の調達や端末の品揃えの問題を解決した。

 

クリアワイヤも採用

米国のクリアワイヤは、2009年からWiMAXを使った無線通信サービスを米国の主要都市で展開していた。ところが、WiMAXの将来性については2008年に本コラムで指摘したような問題があり(1)、同社は2011年にTD-LTEに切り替えることを発表した。

米国第3位の通信事業者であるスプリントは、クリアワイヤのWiMAXを使ったサービスを提供していたが、20137月にクリアワイヤを完全に買収し、TD-LTEのサービスを開始した。そして同月、ソフトバンクがスプリントを買収し、クリアワイヤのTD-LTE網も手中にした。こうしてソフトバンクは日米両市場で実質的にTD-LTE網を獲得した。

ソフトバンクによるウィルコム、スプリントの買収の背景には、両社のネットワークが容易にTD-LTEに切り替えられるとの判断、TD-LTEが中国だけでなく全世界で普及するとの読みがあったのではないかと思われる。

 

胸を撫で下ろしたKDDI

前述のように、KDDI陣営は2007年に総務省から新周波数帯域の割り当てを受け、2009年からWiMAXの正式サービスを開始した。しかし、その後WiMAXの将来性が世界中で疑問視されだし、困惑していたのではないかと思われる。

ところが、2012年にWiMAXフォーラム自身が白旗を挙げ、WiMAX2.1という名称で事実上TD-LTEを取り込むことにした。これにはKDDI陣営の働きかけもあったようだ。同陣営は、直ちにWiMAX2.1WiMAX2+として採用すると発表した(2)

 

非標準規格が標準規格に?

英文ウィキペディアに掲載されている集計によると、20149月現在、TD-LTEのサービス実施が明確なのは23か国で、33通信事業者である。そのうち12か国はアジア、アフリカ諸国で、今後の高成長が期待できるため、TD-LTEはさらに増加すると思われる。

開発途上国では、ラスト・ワン・マイルの接続にWiMAXが使われている地域が多く、その後継としてTD-LTEが有力な候補であることも、今後の増加が見込まれる理由である。また、現在スマートフォンのシェアがベスト10に入るメーカーはすべてTD-LTEに対応済みで、端末の品揃えの心配がないことも大きい。

こういう状況から、中国だけの非標準規格としてスタートしたTD-LTEは、今や(FDD)LTEと肩を並べる存在になりつつある。

事実上の標準が確立しつつある世界に、それと似て非なる規格で戦いを挑んで成功した例はいまだかつてないように思うが、TD-LTEは数少ない例外になるかもしれない。

 

(1) WiMAXLTEが合流?」、OHM20088月号、オーム社

     (http://www.toskyworld.com/archive/2008/ar0808ohm.htm)

(2) WiMAXLTEに合流」、OHM20133月号、オーム社

     (http://www.toskyworld.com/archive/2013/ar1303ohm.htm)

      


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