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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2014年9月号 掲載        PDFファイル

 

成るか、三度目の正直?・・・総務省のSIMロック解除要請

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

SIMロックは解除すべき!

総務省の「ICTサービス安心・安全研究会」のワーキンググループが、今年630日に「中間とりまとめ(案)」を公開し、その案は714日に開催された前記の研究会で正式に承認された。その中に「SIMロック解除」の今後の在り方が記載されている(a)

SIMロック解除については、今までに何回か触れたが、これはどういう問題か、改めて振り返ってみよう。

携帯電話機やスマートフォンなど、携帯電話回線に接続される端末の内部には、SIMカードというICカードの1種が入っていて、これに、国名、通信事業者名、電話番号などの情報が書き込まれている。これによって、世界中の端末の中から各端末を個別に識別でき、お互いに通信できる。

本来、技術的には、SIMカードは自由に差し替えられるもので、海外旅行時に旅行先の国の通信会社の回線に接続したり、1つの回線契約でいろいろな端末を使い分けたりできるようになっている。海外にはこの差し替えができる端末が多数あるが、日本の通信会社が販売している多くの端末にはSIMロックという鍵がかかっていて、SIMカードを差し替えると使えないものが多い。

これでは、ユーザーが自由度を奪われて不便なので、SIMロックは解除すべきだというのが、総務省や通信関係の有識者の意見である。

 

実は7年前からの念願

総務省はこの問題を、7年前の2007年から取り上げてきた。しかし当時の日本で二大無線通信事業者だったNTTドコモとKDDIが異なる通信方式を使っていたため、この2グループ間ではSIMカードを交換できず、SIMロック解除のメリットは限定的だった。そのため、この問題は通信方式の統一が見込まれる次世代に先送りされた(b)

そして、次世代のLTEの実用化が目前に迫った2010年に、総務省は「SIMロック解除に関するガイドライン」を発表した(c)SIMロック解除を強制でなくガイドラインとしたのは、これは本来、企業が自主的に進めるべきものだという意見があったためと、一部の企業が強制に頑強に反対したためだ(d)

このガイドラインに対して通信事業者は、一部の製品についてSIMロックを解除しただけで、全製品に展開して積極的に営業活動を進めるようにはならなかった。そのため今回は、企業の自主性にゆだねるだけでなく、義務化を図るという。

  

水平分業による市場の活性化

SIMロック解除の主目的は、前述のようにユーザーが通信事業者と端末を自由に選択できるようにするためだ。

しかし、SIMロックの解除が必要なのはそのためだけではない。

これは市場の水平分業化の1つなのである。大きな通信事業者に寡占されている市場を通信サービスの提供と端末の販売に切り離せば、それぞれの市場での新規参入が容易になる。

すでに、MVNO(自社で無線通信回線を持たず、他社から借りて通信サービスを提供する企業)による特長ある通信サービスの提供が始まっている。また、海外のSIMロックが解除された安いスマートフォンも市場に現れている。SIMロックの解除が一般化すれば、こういう市場がさらに活性化し、ユーザーにとっては選択肢が増え、市場価格の低下が期待できる。

日本のスマートフォンのメーカーにとっては、市場環境がさらに厳しくなるが、パソコンなどの市場に近づくだけで、これが世界の当たり前の姿だ。スマートフォンを通信会社からしか買えないということは、パソコンを通信会社からしか買えないのと同じようなもので、今までの姿が異常なのだ。

水平分業化は、電力業界での発電と送配電の分離、放送業界での番組制作と配信の分離などと同じで、市場の活性化が期待できることは分かっていても、既得権益を手放すまいとする既存業者の頑強な抵抗に合うのが常である。そのため、今回のSIMロック解除も予断を許さないが、長期的将来のためにも日本の市場を世界の普通の市場に近づけておくことは重要と思われる。

 

顧客の囲い込みの限界

通信事業者は、SIMロックを解除すれば、通信回線と端末がからんだ技術的問題が増え、市場に混乱を招くと主張する。

しかし、通信事業者がSIMロックにこだわる理由はこれだけではない。通信事業者は、通信回線、端末、アプリケーション・プログラム、インターネットでの各種サービスを一括して提供することによって、売上げ、利益を増やし、またこうしてユーザーを囲い込むことによって経営の安定化を図ろうとしている。無線通信事業の経営者には、単なる「土管」の提供では付加価値が小さいので、今後はコンテンツやサービスの提供に力を入れると言っている人が多い。

しかし、スマートフォンの市場も他のコンピュータの市場に急速に近づき、ハード、ソフト、ネットワークがそれぞれ独立した市場を形成しつつあるので、通信事業者が手を広げても、どれだけ企業の特長を生かしたビジネスを展開できるか疑問だ。現に、通信事業者によるスマートフォンの販売は、ほとんどメーカーの標準品を販売しているだけで、他社との差別化の決め手になるような追加機能は見当たらない。手を広げれば売上げは増えるだろうが、企業の特長を生かせなければ単なる販売会社に近づき、利益率が下がるだけだ。

   

関連記事]

(a) 「消費者保護ルールの見直し・充実に関するWG 中間とりまとめ(案)」、2014年6月、ICTサービス安心・安全研究会、総務省 

       (http://www.soumu.go.jp/main_content/000300649.pdf

(b) 酒井 寿紀、「携帯電話ビジネスの課題は?」、OHM2007年9月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2007/ar0709ohm.htm)  

(c) 「SIMロック解除に関するガイドライン」、2010年6月、総務省

       (www.soumu.go.jp/main_content/000072467.pdf

(d) 酒井 寿紀、「総務省がSIMロック解除を要請!」、OHM2010年6月号、オーム社

      (http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1006ohm.htm

    


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