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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2014年2月号 掲載        PDFファイル

 

黒船頼みの電子書籍?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

「米音楽界の二の舞避けよ」

20131112日の朝日新聞が、「米音楽界の二の舞避けよ」という見出しで、出版社KADOKAWAの角川歴彦会長の談話を掲載していた。同氏は、アマゾンなど米IT大手と配信契約を結んだ経験から次のように言う。

「(アマゾンなどでは)既に値崩れが始まっている」、「米国の音楽産業の衰退を見てほしい」、「本当に得をしているのは流通を握る巨大IT企業。著作者は貧しくなる一方だ」

「(米国のIT大手が)日本の文化の将来を考える立場にないことは認識しておくべきだ」

「(当面の対策は)出版界が総力を挙げて、街の書店を支援すること」

音楽もビデオも書籍も、物理的媒体の販売からオンライン配信へと移りつつある。それ自体が悪いことなのだろうか? そうでないとすれば、米国流のオンライン配信のどこに問題があるのだろうか? それとも、受け入れる日本の側に問題があるのだろうか?

 

オンライン配信自体は悪くない

音楽のオンライン配信は、米国で2003にアップルが現在のiTunes Storeを開店して本格的に始まり、アマゾン、グーグルなどがこれに続いた。

電子書籍のオンライン配信はソニーが2006年に開始し、アマゾン、グーグル、アップルなどがこれに続いて、本格化した。ビデオのオンライン配信も、アップル、アマゾン、グーグルなどが実施している。

初期の音楽の配信は1曲いくらでバラ売りするものだったが、最近は定額で何曲でも無制限に聴けるものもある。

これらのオンライン配信によって、ユーザーは安く、簡便にコンテンツを入手できるようになった。もはやCDショップや書店に買いに行く必要はなく、オンラインショップで発注した媒体の配達を待つ必要もない。媒体の保管スペースも不要だ。このように、消費者にとっては結構なことなので、オンライン配信自体が悪いわけではない。

では、何が問題かというと、要するに出版社などコンテンツの権利保有者と著作権者の収入が減る可能性があることが問題になっているのだ。

もちろん消費者は、コンテンツができるだけ安く入手できることを望む。コンテンツが物理的媒体の販売からオンライン配信に変われば、媒体の製造、輸送、保管のコストが減り、販売店が不要になるので、その分安くなることを期待する。何も著作権者の取り分が減ることを望んでいるわけではない。

しかし、コンテンツの権利保有者の規模は一般に小さいため、価格交渉で大手の配信事業者に押し切られ、そのしわ寄せがコンテンツの権利保有者や著作権者に及んでいるのだろう。

この問題を解決するには、コンテンツの権利保有者が配信事業者との交渉に強い姿勢で臨むとともに、オンライン配信で減らせる費用を徹底的に洗い出し、コスト低減を図る必要がある。

 

クラウド型サービスは不可か?

最近は、スマートフォンやタブレットの登場で端末のモバイル化が進んだ。そのため、購入したコンテンツを端末に入れずに、事業者のサーバに置いておいて、どこからでもアクセスできるようにするサービスが現れた。

これは、雲の向こうのようなところにあるサーバを使うので、クラウド(雲)型サービスと呼ばれる。このサービスで「しおり」の機能を使えば、例えば、パソコンで読んでいた本の続きをスマートフォンで読むこともできる。

このクラウド型サービスに対して、通常のオンライン配信以上の費用負担を配信事業者に要求するコンテンツの権利保有者もいるようだ。

しかし、コンテンツをダウンロードした消費者が、それを自宅のディスクに入れておいて各種の端末から利用するのは自由だ。自宅のディスクの代わりにインターネットを介してレンタルディスクを使っても同じことである。クラウド型サービスも、レンタルディスクの事業者とオンライン配信の事業者がたまたま同じだけなので、コンテンツの権利保有者がこれを禁じたり、これに対して追加の費用を要求したりするのは論理的に筋が通らない。

アマゾンは、コンテンツの権利保有者との追加契約なしに音楽のクラウド型配信を開始した。たとえ訴えられても、勝てる自信があるのだろう。

 

内部からの改革には限界が?

このように、コンテンツのオンライン配信や、そのクラウド型サービスは、利用者にとってメリットが大きいので、これらのサービスの問題点を解決して普及を促進する必要がある。それには、コンテンツの流通機構をオンライン配信に適合するように合理化することが必要だ。

例えば、電子書籍のオンライン配信には街の書店は要らない。印刷物の本も、インターネットで発注すれば12日で送料なしで自宅に届く時代だ。技術が進歩すれば不要になる商売は多い。電気製品の普及で炭屋や氷屋は街から姿を消した。街の書店が完全に消え去ることはないだろうが、これをいたずらに支援すれば、問題を先送りするだけで、そのコストは結局消費者や著作権者が負うことになる。

一般に内部からの改革は難しい。江戸幕府の崩壊には黒船の来航が必要だった。米国では、企業の危機に際して外部から社長をスカウトするのはごく普通だ。日本でも、最近は外国人の社長を迎える企業が多い。何も外国からでなくてもよいので、コンテンツの出版・流通業界以外からの参入が不可欠なのではないだろうか?

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「「リアル書店」で電子書籍を販売!」、OHM2014年3月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2014/ar1403ohm.htm)

 


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