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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2013年11月号 掲載 PDFファイル
作る側より使う側の意見を!・・・次世代スーパーコンピュータ
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
「京」が第4位に
日本のスーパーコンピュータ「京(ケイ)」が、世界のスーパーコンピュータのランキングで2011年6月と11月に第1位を占めた。その「京」の今後の課題については、本コラムでも前に取り上げたが(1)、その後この問題はどういう方向に向かっているのだろうか?
まず、最近のスーパーコンピュータの状況を見てみよう。2013年6月には、「京」は世界第4位に下がり、33.9ペタ(1015)
Flops (1秒間の演算回数)の中国の「天河(ティエンホー)2号」が第1位の座を占めた(a)。
前にも記したように、最上位機の性能は10年で1,000倍になるペースで向上していて、現在は、2008年に1ペタFlopsを超えた後、2018〜2020年を目標に1エクサ(1018)
Flopsを実現しようと、各社が開発を進めているところである(1)。2013年に約30ペタFlopsの製品が現れたことは、ちょうどこの中間時点に1,000の1/2乗倍の性能のものが現れたことになる。
スーパーコンピュータの実現方法については、X86系の汎用CPUを使うものがますます増え、2013年6月には上位500システムの90%を超えた。また、汎用のGPU
(Graphic Processing Unit)を演算用アクセラレータとして使うものが10%を超え、この2年間で約4倍に増えた。世界の傾向は、汎用品の活用で費用を抑えて高性能を実現する方向である。
次世代スーパーコンピュータ開発計画
こういう状況の下で、日本政府は次世代スーパーコンピュータの開発方針を2013年6月に固めた。文部科学省は、2014年から「京」と同様に約1,000億円を投じて、2020年頃を目標に1エクサFlopsのスーパーコンピュータを開発し、世界一の座を奪還するという。「京」同様、理化学研究所と富士通が中心になり、専用のCPUを開発する方向だということだ(b),(c)。
もっと使う側の意見を!
このスーパーコンピュータの開発計画に対していろいろな意見が交わされている。ここでは、2013年7月23日の日本経済新聞の記事「スパコン
中国が質・量躍進」をその代表として取り上げる(2)。
本記事は、「国の科学技術力の象徴ともいわれるスパコンだが、使い道を最優先に考えた開発戦略が大切だ」という。これは、裏を返せば、従来「科学技術力の象徴」の面が重視され、「使い道が最優先」ではなかったということになる。つまり、世界一になることが最重要だったのだ。
スーパーコンピュータといえども、物理学や生命化学の研究、自動車や薬品の開発などに使われる道具の1つである。道具は、その時点での最先端の技術を駆使して、できるだけ安く、短期間に作ることが求められる。
2008年から2017年にわたって設置されている文部科学省の「次世代スーパーコンピュータ戦略委員会」の委員は、理化学研究所、富士通、政府系研究機関各1名と大学関係者7名からなる。大学関係者といっても、ほとんどは情報工学の専門家のようだ。ユーザーを代表する人はほぼゼロである。果たしてこれでいいのだろうか?
また同記事は、「(演算能力)を国籍別に集計した結果で、全体のほぼ半分を米国が占め、2位は中国で約20%。欧州は約15%で、日本は10%弱だ。各国は複数機に力を入れるが、日本はたった1台の計算速度争いに国力をかけているようにみえる」という。
前記コラムでも指摘したように、1台だけ突出しているのでなく、富士山のように裾野が広く広がっていることが重要である(1)。
同記事はまた、「日本では京の開発を決めた時点で、後継機までは考えが及ばなかった」という。
前にも触れたように、スーパーコンピュータのハードは10年で1,000分の1の性能に陳腐化するが、そこで開発されたソフト資産には10年以上にわたって使われるものが多数ある(1)。スーパーコンピュータの1機種は、過去に蓄積された膨大なソフト資産をある一時期に動かすためのエンジンなのだ。そのため、スーパーコンピュータの開発時は、将来にわたるエンジンの高速化の方向付けが非常に重要である。
そして同記事は、中国が世界一を奪還したことについての国内メーカーのコメントとして、「CPUを海外から調達した点は評価できない」という意見を紹介している。しかし、大小のサーバ、パソコン、スマートフォンなどのCPUをほとんどすべて輸入しておいて、スーパーコンピュータのCPUだけを自前で作ることに、果してどれだけの意味があるのだろうか? 日本の半導体技術の衰退は大問題だが、これは、すべてのCPUについて、開発・販売と製造の水平分業の問題なども含めて、世界の中での長期的な日本の位置づけを検討すべき問題である。
本記事は非常に遠慮深い表現だが、現在スーパーコンピュータが抱えている問題を的確に指摘しているように思う。今後もメディアには、「使う側」の意見をもっと取り上げてもらいたい。一般の製品では市場競争でそれがメーカーに伝わるが、政府系機関と一部のメーカーが開発の方向付けをしているスーパーコンピュータでは、それが十分に伝わらないと思われるからだ。
(1) 「ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ」, OHM, 2011年10月号, オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1110ohm.htm)
(2) 「スパコン 中国が質・量躍進」, 日本経済新聞, 2013年7月23日
(http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG04004_V00C13A5MM8000/)
(c) 「スパコン世界一なるか 「京」後継機、1000億円で」、2013/5/9、日本経済新聞
(http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG08015_Y3A500C1EA1000/)
(d) 酒井 寿紀、「「議論の仕分け」が必要な「次世代スーパーコンピュータ」」、2009年12月5日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_05.html)
(e) 酒井 寿紀、「「次世代スーパーコンピュータ」の予算は復活したが・・・」、2009年12月20日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_20.html)
(f) 酒井 寿紀、「これでいいのか、次世代スーパーコンピュータ?」、OHM、2010年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1001ohm.htm)
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