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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2013年5月号 掲載        PDFファイル

 

通信インフラとコンテンツが分離?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

コンテンツによる囲い込みに変化の兆し

本誌201210月号の「日本でもストリーミング配信が始まったが・・・」(1)に、通信事業者によるコンテンツ配信は、他社の端末では視聴できないため不便だと記した。そして、映像、音楽、電子書籍などのコンテンツは、どの通信事業者の端末からも視聴・閲覧できることが望ましいと記した。

しかし、最近こういうコンテンツによる利用者の囲い込みに変化の兆しが見えてきた。

KDDIの「うたパス」は、月額315円の定額で音楽を配信するもので、2012年6月のサービス開始時には同社のAndroidのスマートフォンを対象にしていた。しかし、20131月から同社のiPhoneiPadでも利用可能になり、同時にソフトバンクのiPhoneiPadでも使えるようになった(a)

ソフトバンクの「UULA(ウーラ)」は、20132月から同社のiPhoneiPadAndroidのスマートフォン向けに月額490円の定額で映像を配信している。これは実際にはKDDIiPhoneiPadでも利用できるという(b)

KDDIの「ビデオパス」という月額590円の定額でストリーミング映像を配信するサービスは、20125月のサービス開始時には同社のAndroidのスマートフォンだけを対象にしていた。しかし、20133月に同社のiPhoneiPadでも利用可能になり、ソフトバンクのiPhoneiPadからも利用できるという(c)

このように、最近コンテンツによる囲い込みの垣根は崩れつつあり、利用者にとっては喜ばしいことだ。 

 

通信インフラとコンテンツ配信は元々分離していた

なぜこうして通信インフラとコンテンツ配信は分離していくのだろうか?

元々通信インフラとコンテンツ配信は別のビジネスで、現在でも分離しているものもある。アップルによる音楽配信、テレビ局やYouTubeNetflixHulu等による映像配信、アマゾンや出版社による電子書籍の配信などは、インターネットを使えばどの通信事業者の回線からも利用できる。両者はお互いに独立したビジネスだ。

ところが、携帯電話が現れて、利用者獲得のために音楽などの配信に力を入れるようになり、状況が変わった。利用者獲得の貴重な手段であるコンテンツ配信を同業者にも開放することなど考えられなくなった。

そして、携帯電話はスマートフォンへと進化し、配信されるコンテンツも音楽、映像、電子書籍と多様化した。しかし、コンテンツによる利用者の囲い込みは続いた。

 

なぜ両者は再び分離の方向へ?

では、なぜ両者は再び分離しつつあるのだろうか?

通信インフラは、速度、費用、アクセスポイント数などによって選択したい。一方、コンテンツ配信は、コンテンツの品揃え、価格、視聴・閲覧のハード/ソフトの操作性などで選びたい。

このように両者の選択基準はまったく違う。しかし、コンテンツ配信が通信インフラにくくりつけられていると、利用者は両者を独立に選択できず、選択肢が制約される。

また、コンテンツの視聴・閲覧に、時と場合によって各種の通信インフラを使い分けたい。

例えば、同じ映画を見るにしても、書斎では光ファイバーなどに接続されたパソコンで見て、居間では自宅の無線LANに接続されたテレビで見て、コーヒーショップや駅では公衆無線LANを利用してスマートフォンやタブレットで見て、通勤電車の中や公園のベンチでは携帯電話回線を利用してスマートフォンで見るという具合に、各種の通信インフラを使い分けたい。

すでに、KDDIやソフトバンクが配信している映像は、スマートフォンやタブレットのほか、パソコンやテレビでも視聴できるようになっている。NTTドコモの映像配信も、事実上テレビやパソコンでも視聴可能だという。

携帯電話回線は、他の手段でコンテンツを閲覧できないときに使う1つの手段に過ぎない。携帯電話回線を使うためにコンテンツ配信があるのではない。話は逆だ。

このように、囲い込みは利用者の利便性をそこなう。携帯電話事業者は、それではオープンなコンテンツ配信に太刀打ちできないと判断して、コンテンツの開放に向かっているのだろう。

開放されれば、両者はまったく性格が異なる独立したビジネスになる。

 

コンテンツ配信は寡占市場へ

携帯電話の事業者は、単なる「土管」の提供では付加価値が小さく、今後の伸びもあまり期待できないと、コンテンツの配信に力を入れてきた。事業拡大のために別の市場に乗り出すことは、ビジネスの世界では当然のことだ。

しかし、コンテンツ配信の市場には、全世界の各種通信インフラ、各種端末を対象にしたサービスが次々と現れている。そして、この市場でも、ソフトウェアと同じで、全世界で事業を展開する利用者数の多い企業が圧倒的に有利だ。

コンテンツ配信を手がけている携帯電話事業者は、今後通信インフラとは別の市場でこれらの企業と闘う覚悟がいる。隣の芝生はとかく青く見えるものだ。

 

(1) 「日本でもストリーミング配信が始まったが・・・」, OHM, 201210月号, オーム社        (http://www.toskyworld.com/archive/2012/ar1210ohm.htm)

 

[関連記事]

(a) 「auの「うたパス」、iPhoneとiPadでも利用可能に」、2013年01月29日、ITmedia  (http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1301/29/news073.html)

(b) 「音楽も映画も“おすすめ見放題”で楽しむ――月額490円の「UULA」を堪能する」、2013年03月08日、ITmedia

          (http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1303/08/news053.html)

(c) 「auの「ビデオパス」「ブックパス」「LISMO WAVE」「Run&Walk」「Fitness」がiOSに対応」、2013年03月04日、ITmedia

          (http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1303/04/news103.html)

   


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