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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2013年4月号 掲載        PDFファイル

 

インテルの教訓

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

X86 vs. ARM

現在、世界中で使われているWindowsMacのパソコンには、インテルのX86アーキテクチャのマイクロプロセッサが使われている。最近は、サーバやスーパーコンピュータでもX86アーキテクチャが主流だ。X86のマイクロプロセッサは、1970年代以来インテルが開発・製造してきたもので、現在はインテルが83%AMD16%のシェアを占めている(a)。(2012年第3四半期)

一方、1990年代以降、より下位機ではARMというアーキテクチャが普及した。これは、1990年に設立された、イギリスのケンブリッジにあるARMホールディングスが開発したものだ。同社は製品を販売せず、その知的財産権を販売していて、そのライセンスに基づいて、テキサス・インスツルメンツ、クアルコム、マーヴェル、サムスン、東芝などの半導体メーカーがLSIを製造・販売している。

ARMは、ゲーム機、車載器などの各種情報機器に組み込まれて使われてきた。そして、2007年にアップルのiPhoneに採用され、その後、各社のAndroidのスマートフォンにも採用されて、現在スマートフォンの95%を占めている。

また、2010年に出たアップルのiPadにも採用され、その後、多数のAndroidのタブレットに使われている。そして、201210月には、マイクロソフトがARM上で動くWindows RTをリリースし、これを使ったタブレットが現れた。同社は、将来タブレットを含むモバイル・パソコンの世界でARMが広く普及する可能性に備えたのだと思われる。また、201211月には、アップルがMacCPUを現在のX86からARMに切り替えることを検討中だと一部で報道された(b)

このARMは元々32ビット・アーキテクチャだったが、201210月に64ビット版が発表された。そして、AMD、カルシーダ、アプライド・マイクロなどの半導体メーカーがそのLSIの開発を表明し、ヒューレット・パッカード、デルなどのサーバ・メーカーもその採用を発表した。

そして、201211月には、これらの半導体やサーバのメーカー、Linuxのベンダーやデータセンター業者などが、ARMLinuxを開発・提供するLinaroというNPOを設立した(c)

こうして、現在スマートフォンとタブレットの世界を席巻しているARMが、現在はX86の独壇場であるパソコンやサーバの市場を今後侵食する可能性が出てきた。 

 

インテルの大失策?

実はインテルも過去にARMを扱っていたことがある。1997年に同社はDECから、特許紛争の代償としてStrongARMというARMLSIの技術を取得し、その後、これをXScaleと改名して販売していた。

しかし、2005年にポール・オッテリーニがCEOに就任すると、2006年にXScale6億ドルでマーヴェルに売却し、同社は上から下までX86で統一することにした(d)

しかし、従来のX86では下位機でARMに太刀打ちできないため、2008年にAtomというX86の省電力版を出した。そして、これをスマートフォンの市場にも売り込むため、20119月にグーグルと共同で、Atom用のAndroidを発表した(e)。しかし、現在Atomを使っているスマートフォンは極わずかしかない。

そして、201211月にオッテリーニCEO20135月に退任すると発表した。今後新CEOの下で新たな施策が進められることになる。

インテルは、激変する市場に対応する手がかりを持っていたにもかかわらず、それを手放してしまった。何が同社の経営判断を誤らせたのだろうか?

  

インテルが示す教訓は?

本件に学ぶべき教訓を3つ挙げよう。

まず第1に、「ダウンサイジングは今後も続き、それに対する備えが重要である」ということだ。半導体のムーアの法則によって、コンピュータの小型化、低価格化が進み、当初大企業や政府しか使えなかったコンピュータが、小企業、家庭、個人の携帯用と、我々の生活の隅々まで行きわたるようになった。この流れは今後も続く。それに伴い、要求される技術も変わる。

インテルは、それに対する備えが必要だったにもかかわらず、せっかく持っていたARMの技術を、短期的な収益改善のために手放してしまった。

2に、「1つのアーキテクチャの下位機への適用拡大には限界がある」ということだ。1980年代にシステム/360アーキテクチャで下位マーケットを開拓しようとした多くのプロジェクトは失敗に終わった。メインフレームの時代に主役だったシステム/360アーキテクチャは、パソコンの時代には主役になれなかった。同様に、パソコンの時代に主役だったX86アーキテクチャにも、遅かれ早かれ主役の座を降りなければならない日が来る。ムーアの法則で下位機の高速化、高機能化がどんどん進むため、上位機の小型化、低価格化で下位機の市場を開拓するのは難しいのが現実だ。

3に、「寡占による高収益が経営判断を誤らせる恐れがある」ということだ。システム/360アーキテクチャは、IBMとその互換機メーカーに寡占され、19701980年代にはIBMの価格体系の傘の下で高収益を上げていた。いったんこういう居心地のいいビジネスの味をしめると、将来のリスクを感じても、自ら進んで競争の激しい市場に飛び込もうとはしないものだ。

 

[関連記事]

(a)  "x86 processor shipments drop steeply in third quarter as Intel gains on AMD", Nov 6, 2012, PCWorld

        (http://www.pcworld.com/article/2013579/x86-processor-shipments-drop-steeply-in-third-quarter-as-intel-gains-on-amd.html)

(b)  "Apple Said to Be Exploring Switch From Intel for Mac", Nov 7, 2012, Bioomberg

        (http://www.bloomberg.com/news/2012-11-05/apple-said-to-be-exploring-switch-from-intel-chips-for-the-mac.html)

(c)  "Linaro ARM server efforts targets Linux code", 11/1/2012, EETimes  (http://www.eetimes.com/document.asp?doc_id=1262716)

(d)  "Marvell To Purchase Intel’s Communications And Application Processor Business For $600 Million", June 27, 2006, Intel

        (http://www.intel.com/pressroom/archive/releases/2006/20060627corp.htm)

(e)  "Intel and Google to Optimize Android Platform for Intel® Architecture", Sept. 13, 2011, Intel

        (http://newsroom.intel.com/community/intel_newsroom/blog/2011/09/13/intel-and-google-to-optimize-android-platform-for-intel-architecture)

   


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