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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2013年2月号 掲載        PDFファイル

 

電子書籍の残された問題は?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

  

電子書籍が日本でも続々と登場

電子書籍がなかなか本格的に普及しない理由を、過去に何回か本コラムで取り上げた(e),(f),(g),(h)。しかし、普及を阻害していた問題が最近解決の方向に向かい、日本でもこの2年ほどの間に電子書籍を扱う企業が続出した。

主な例を挙げよう。201011月には、大日本印刷、NTTドコモなどによるhontoという電子書籍の配信サイトが開店した(a)。そして、同年12月にはソニーが、米国に続いて日本でも日本語の書籍の配信を開始した。20112月には、凸版印刷グループのBookLive!も配信を始めた(b)

楽天は、2011年にカナダの電子書籍端末メーカーのコボを買収し、20127月から日本語の電子書籍を配信している。これには日本語の書籍も扱えるEPUB3という業界標準のファイル形式が使われ、電子ペーパーを使ったkoboという端末とAndroidのスマートフォンやタブレットで読むことができる(c)

そして、米国で2007年に電子書籍の配信を始めたアマゾンは、201210月に日本でも日本語の書籍の配信を始めた。これは、電子ペーパーを使ったKindle端末と液晶のタブレットのKindle Fireで読むことができ、また、iPhoneiPadAndroidのスマートフォンやタブレットでも読める(d)

このように、長年離陸しなかった電子書籍が、日本でもやっと離陸を始めたように見える。しかし、本格的な普及のためには、まだいくつかの大きな問題が残っている。ここでは、上記に例として挙げた電子書籍を中心にして、主な問題を3件取り上げよう。

 

品揃えに片寄りが大きい

夏目漱石、森鴎外、太宰治、坂口安吾など、著作権が切れた作家は、多くの作品が無料か100円程度の低料金で読める。青空文庫などで、無料で公開されているものを利用しているからだ。

また、森村誠一、西村京太郎、池波正太郎、藤沢周平など、最近の流行作家の作品も大量に揃っている。いわゆる「売れ筋商品」だからだろう。

しかし、例えば谷崎潤一郎、志賀直哉、三島由紀夫、大江健三郎などの作品はほとんどない。上記の2グループのいずれにも属さない作家の作品が大きく抜けてしまっているのが日本の電子書籍の現状だ。

米国の英語版の電子書籍では、ヘミングウェイ、スタインベック、フォークナーなどの作品も多数揃っていて、ギリシャ、ローマの古典から最近の流行作家の作品まで、すべて電子書籍で読めるようになっている。

本を電子書籍で読む人は、どの本も電子書籍で読むことによって、持ち運びが容易、保管場所が不要、などの電子書籍のメリットを生かしたいはずだ。そのため、一部の本しか電子書籍で読めなければ、電子書籍のメリットを十分に生かせず、電子書籍購入の意欲が薄れる。

売れ筋の本だけ電子書籍化して様子を見ようというスタンスでは、電子書籍の本格的普及は望めないだろう。

 

 

価格が高すぎる

電子書籍の発行・配信には、紙、印刷、製本、倉庫、運送、取次業者や書店、残本の処分などの費用が不要だ。しかし、大半の電子書籍が印刷物の本より1〜2割程度しか安くないのが現状で、中には印刷物の本と同価格のものもある。この傾向は米国でも同じだ。

これは、実質上価格設定の権利を持っている出版社が売り上げの減少を恐れているためだろう。そして、その背後には、製紙業、印刷業、運輸業、書店など、電子書籍では不要になる業界が控えている。

しかし、出版社は、価格を下げれば売り上げは減るが、前記のように原価も大幅に下がるので、利益は維持できるはずだ。電子書籍化で原価が下がる分を読者に還元して、新しいビジネスモデルの下で収益を確保する道を探ることが求められている。

そして、本が安く手軽に買えるようになれば、読書量が増えることが期待される。そうなれば、売り上げ単価は下がっても、売り上げの合計はそれほど下がらないはずである。

電子書籍の出現で古今東西の古典が無料で読めるようになった。古典と著作権がある既刊の本の原価の差は、本の値段の10%程度の著作権料だけである。古典が無料で提供できるなら、新刊書は別にして、著作権がある電子書籍の価格をもっと大幅に下げても、ビジネスを成り立たせられるはずだ。

 

リーダーのソフトが足りない

電子書籍は、書斎の大画面のパソコンで読みたいこともあるし、居間のソファーで、タブレットで読みたいこともある。また、電車の中で、スマートフォンで読みたいこともある。そして、屋外で、明るい場所でも読みやすい電子ペーパーの端末で読みたいこともあるだろう。

こういうニーズに応えて、米国のアマゾン、ソニー、バーンズ&ノーブル等の電子書籍は、パソコン、タブレット、スマートフォン、電子ペーパー端末のどれでも読めるようになってきた。

しかし、日本の電子書籍は読める端末の種類がまだ限られている。楽天やソニーの電子書籍は、パソコンやiPadiPhoneでは読めない。また、アマゾンのものはパソコンでは読めない。

今後は、専用端末でなく、パソコン、タブレット、スマートフォンなどの汎用端末で、ソフトを切り替えて各社の電子書籍を読みたい人が増えると思うので、現在不足しているリーダーのソフトを早急に揃える必要がある。

 

[関連記事]

(a) 「大日本印刷が電子書店サイト「honto」をリニューアルオープン」、2010年11月25日、東洋経済ONLINE (http://toyokeizai.net/articles/-/5444/)

(b) 「クラウド型電子書籍ストア「BookLive!」オープン」、2011年2月17日、BookLive!  (http://booklive.co.jp/release/2011/02/171814.html)

(c) 「「Koboを通じて読書革命を」――楽天の電子書籍事業第2幕の幕開け」、2012年07月02日、ITmedia

       (http://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1207/02/news118.html)

(d) 「Amazon、Kindle/Kindle Fireをついに日本で発売 11月から順次、8480円から」、2012年10月24日、ITmedia

       (http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1210/24/news088.html)

(e) 酒井 寿紀、「「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年3月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0903ohm.htm)

(f) 酒井 寿紀、「続・「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年4月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0904ohm.htm)

(g) 酒井 寿紀、「Eブックがついに離陸?」、OHM、2009年5月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0905ohm.htm)

(h) 酒井 寿紀、「電子書籍の勝者は?」、OHM、2011年4月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1104ohm.htm)

   


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