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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2012年12月号 掲載 PDFファイル
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
アップルの地図が誤りだらけ
スマートフォンには各種のアプリケーションが揃っているが、中でも地図はよく使われる。これを使えば、現在いる場所の方角も含めた詳しい地図を見ることができる。これを見ながら街を歩けば、初めての場所でも容易に目的地にたどり着ける。
従来、アップルのスマートフォンはグーグルの地図を提供していた。しかし、2012年9月21日に発売されたiPhone
5で、グーグルの地図アプリの提供を止め、自社開発の地図の提供を始めた。
ところが、この地図が誤りだらけだと、発売当日から世界中で報道された(a), (b)。
例えば、羽田空港の場所に「大王製紙」とあり、福岡空港の名前も違っている。また、東京駅や大阪駅の周辺を拡大しても、駅舎の表示がない。
海外でも、ワシントンD.C.のワシントン・モニュメントの位置が違うし、ダラス空港やゴールデンゲート・ブリッジの場所も違うという。
発売1週間後の9月28日に、アップルのティモシー・クックCEOは品質に問題があることを認め、ユーザーに不便をかけて大変申し訳ないと謝罪し、改善に全力を挙げると表明した。そして、改善されるまでは、ウェブでグーグルの地図を利用するなどの代替手段を採るよう薦めた(c),
(d)。
もしスティーブ・ジョブズが生きていたら、こんな完成度の低い製品のリリースは決して許さなかっただろうと言っている人もいる。これだけ問題が多いと、改善には時間を要するだろうが、技術的に困難な話ではないので、いずれ改善されるだろう。
しかし、これはたまたま発生した単発的な問題に過ぎないのだろうか? 今後同種の問題が発生する恐れはないのだろうか?
背景にあるものは?
従来は、パソコンのソフトを多くの企業が分担して開発・販売していた。
オペレーティング・システムとその周辺のソフトからなるプラットフォームはマイクロソフトやアップルが提供していた。そして、いわゆるOffice製品では、マイクロソフトが強力で、アップルのパソコンでも使われていた。また、画像処理ではアドビ・システムズのソフトが有名で、両社のパソコンで使われていた。
このように、各社が得意分野の製品を提供して、おおむね平和な水平分業が成立していた。ところが最近、この平和な世界が一変した。
(1) パソコンからスマートフォンへ
パソコンでは、ユーザーが必要なソフトを購入してインストールする。しかし最近のスマートフォンでは、多くのユーザーが必要とするソフトをまとめてプリインストールしてある。ユーザーの手間を減らすためだ。
アップルがグーグルの地図をプリインストールして使うと、アップルはプラットフォームで競合しているグーグルにカネを払う必要がある。アップルが独自の地図の開発を急いだのはそのためだろう。
(2) ソフトの販売からSaaSへ
従来、ソフト会社はソフトを販売していたが、最近はSaaS
(Software as a Service)というクラウドの流行で、ソフトを回線経由でサービスとして提供することが一般化した。グーグル、マイクロソフト、アップルなどが、メール、アドレス帳、カレンダーなどのソフトをサービスとして提供している。また、グーグルやマイクロソフトは、プログラムの提供だけでなく、検索、地図などのデータベースやコンテンツもサービスとして提供している。
このようにサービスとして提供すれば、ユーザーの詳しい状況を取得することができ、これを使ってさらにサービスの質を向上させる時代になった。
地図をサービスとして提供すればユーザーの居場所を追跡できるため、地図はユーザー情報取得上重要で、この情報を他社に渡したくない。アップルが地図の自社開発を進めたのは、このためもあると思われる。
(3) 広告料によるビジネスの成立
グーグルは無料で利便性の高いコンテンツを提供し、広告料収入でビジネスを成立させている。一方、広告を扱わない企業が無料でこれに対抗しようとすれば、プラットフォームを販売するための「おまけ」になってしまい、収益を圧迫する。
そのため、マイクロソフトも検索結果や地図の表示に広告の掲載を始めており、アップルも将来広告業に参入する可能性がある。そういうことも念頭に置いて、地図の提供に参入したことも考えられる。
コンテンツの市場が激戦地に
このような背景から、特にスマートフォン世界ではプラットフォームを核にした垂直統合が進みつつある。アップルは、この趨勢に乗り遅れまいと、今回、地図の取り込みを急ぎすぎてつまずいたのだろう。
アップルが今後もこの方向に進めば、次には検索を取り込もうとする可能性がある。検索もユーザー情報取得上重要で、これを自社開発すれば、グーグルやマイクロソフトからさらに独立できるからだ。
多数の企業が、検索、地図、アドレス帳、カレンダーなどの分野で競い合うことは、ユーザーにとって選択肢が増え、品質の向上が期待できるので結構な面もある。ただ、このようなコンテンツやサービスは、本来プラットフォームとは別の領域なので、同じようなものがやたらに増えれば、最終的に生き残れるものは限られるだろう。
[後記]
その後、グーグルが同社の地図を使うiPhone用のアプリを開発し、アップルがそれのiTunes
Storeへの登録を承認した。そのため、2012年12月13日から再びグーグルの地図が使えるようになった(e)。
アップルによる承認が、iPhoneのプラットフォームのオープン化へ基本戦略を転換したためなのか、ユーザーの不満の大きさに抗しきれずに取った窮余の措置なのかは不明である。しかし、たとえ今回はユーザーの声に押し切られたものだとしても、プラットフォームのオープン化に対する圧力は今後ますます高まるだろう。アップルが自社のコンテンツを普及させるには、コンテンツ自体が他社を凌駕するものにするしかない。
(
(http://www.foxnews.com/tech/2012/09/21/apple-responds-to-iphone-5-maps-flap-it-will-get-better/)
(b) "A Map App, as Sleek as iPhone 5, Is Often Off", September 26, 2012, New York Times
(c) Tim Cook, "To our customers", Apple (https://www.apple.com/letter-from-tim-cook-on-maps/)
(d) "Apple Apologizes for Misstep on Maps", September 28, 2012, New York Times
(e) "Maps App for iPhone Steers Right", December 12, 2012, New York Times
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