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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2012年11月号 掲載 PDFファイル
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
ここ数年で何が変わった?
2005〜2008年頃、「シンクライアント」という言葉がIT関係の雑誌等で盛んに取り上げられた。これは、職場のパソコンからハードディスクを取り去り、プログラムの実行やデータの保管をサーバーで行うことによって、データの消失や漏洩を防止するものである。もちろん、このシンクライアント・システムにはメリットもあるが、いろいろ問題点もあることを、2007年11月号の本コラム「シンクライアントは最善策か?」で指摘した(1)。
2010年5月のリクルートの調査によると、シンクライアント導入済みの企業は15%、導入検討中の企業は5%、具体的導入計画のない企業は80%という。一時盛んに騒がれたわりには普及が進んでいない。通常のパソコンをクライアントに使っているのが、現在でも主流だ。
しかし、シンクライアントを取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化した。どう変わったのだろうか?
(1)
クラウドの流行
第1に、クラウドが流行し、従来ユーザーのサーバーで行なわれていた処理の多くが、クラウド事業者のサーバーで行われるようになったことだ。クラウド事業者の大型データセンターにサーバーを集約してコストを下げ、まとめて対策してセキュリティを向上させようとするものである。クラウドには、クラウド事業者がサーバーの仮想的なハードウェアだけを用意するIaaS
(Infrastructure as a Service)、アプリケーション・プログラム(AP)まで用意するSaaS
(Software as a Service)などがある。
シンクライアントを使うシステムでは、従来クライアントのパソコンで行われていた処理が、サーバーで行われる。クラウドが普及した結果、これをクラウド事業者のサーバーで行うサービスが出現した。このサービスはDaaS
(Desktop as a Service)と呼ばれている。「デスクトップ」はいろいろな意味で使われているが、ここでは「クライアント」、「パソコン」とほぼ同じ意味だ。
DaaSを利用すれば、社内にシンクライアント用サーバーを構築しなくてもよくなり、シンクライアント導入の垣根が低くなった。
特に日本では、2011年の東日本大震災で、多くのパソコン内のファイルが消失し、事業継続上、ファイルを別地の堅牢なデータセンターに置いておくことの必要性が再認識された。そのため、DaaSが注目されている。
(2)
仮想化技術の進歩
従来、シンクライアント・システムのサーバーには種々の方式があったが、現在は個々のユーザーに対応した「仮想クライアント」をサーバー内に設け、その中に、ユーザーごとにオペレーティング・システム(OS)やAPを入れておく方式が一般的である。
この方式では、従来使われていた、1つのOSやAPを多数のユーザーが共有する方式と違い、ユーザーごとに異なるバージョンや異なる設定のOSやAPを使うことができる。ということは、ユーザーが従来手元のパソコンで使っていたOSやAPをそのまま仮想クライアントに移せばいいので、シンクライアント・システムへの移行が容易になる。
この仮想クライアントを実現するソフトには何種類かあるが、現在はシトリックス・システムズのXenDesktopという製品が、IBM、ヒューレット・パッカード、富士通、日立、日本ユニシス、NTTデータ、ソフトバンクなど、多くのシステムインテグレーターやクラウド事業者によって使われている。
このように1つの分野で寡占状態の製品は、売り上げが大きいため改良にカネをつぎ込むことができ、ますます市場を広げることができて好循環を招く。マイクロソフトのWindowsやOfficeもそうだが、こういう製品が存在することはITのその分野が伸張するためには非常に重要である。
(3)
スマートフォン、タブレット出現
近年スマートフォンやタブレットが現れ、出張先などでクライアント端末として使われるようになった。シンクライアント・システムでも、これらの端末も使われる。また、近年在宅勤務が増えつつあり、自宅の通常のパソコンをシンクライアント・システムに接続する要求も高まっている。
これらのケースでは、これらの端末をシンクライアント端末と同じように、データの入力と表示だけに使う仕掛けが要求される。
こういう端末が混在したシステムでは、端末がシンクライアント端末であることは本質的ではなく、クライアントの処理がサーバーで行われることがより本質的だ。そのため、今後は「シンクライアント・システム」ではなく、「仮想クライアント・システム」などと呼ぶ方がより適切である。
今後の位置付けは?
前記のように、近年シンクライアントを取り巻く環境は大きく変わった。しかし、前記のコラムでも指摘したように、シンクライアント・システムに種々の問題があることは基本的には変わっていない。また、最近多発しているデータセンターでのデータ消失、データ漏洩のリスクも問題だ。
したがって、シンクライアント・システムは、あくまでも選択肢の1つとして検討すべきものである。
(1)
「シンクライアントは最善策か?」、OHM、2007年11月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2007/ar0711ohm.htm)
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