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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2012年10月号 掲載        PDFファイル

 

日本でもストリーミング配信が始まったが・・・

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

ストリーミング配信が続々と登場

本コラムの20125月号「ケーブルテレビからVOD」に、米国でNetflixHuluなどのインターネットを使った映像のストリーミング配信が普及しつつあると記した。日本でも同様のサービスが、最近立て続けに始まっている。

NTTドコモは201111月、同社のスマートフォンやタブレット向けに「VIDEOストア」という動画配信サービスを開始した。月額525円の定額で5,000タイトル以上の映画やドラマから好きなものを好きなときにいくらでも見ることができる(a)

これは、元々エイベックスとNTTドコモの合弁会社がiモード用にBeeTVとして動画を配信していたが、新たにスマートフォン向けにサービスを開始したものである。

KDDIは、20125月に「ビデオパス」という動画配信サービスを開始した。月額590円で約1,000タイトルの映画やドラマが見放題になる。視聴できる機器は、同社のAndroidのスマートフォンやタブレットだが、iPhoneiPadも検討中という。また、同社の携帯電話を契約していれば、パソコンでも視聴できるという(b)

そして、ソフトバンクも5月に、「ムービーLIFE」という動画配信を始めた。Androidスマートフォンでは月額490円、iPhoneiPadでは月額500円で動画が見放題になる。

これは、元々USENが提供していたGyaO(ギャオ)という動画配信を、ソフトバンク系のYahoo!が引き継いだものをベースにしている。そのため保有しているコンテンツが多く、54,000本の動画から年間約1,000本を見られるようにするという(c)

 

ユーザーに望ましい姿は?

これらはどれも、通信事業者が自社のスマートフォンのサービスを拡充するために始めたものだ。そのため、NetflixHuluなどと違って、テレビやパソコンなどでは見ることができないものがあり、また、基本的には他社の端末では見ることができない。

これらの事業の目的がスマートフォンの拡販であることを思えば、やむを得ない点もある。しかし、動画配信サービスそのものとしては、これで果たしてユーザーは満足するのだろうか? ユーザーが動画配信サービスに期待することを考えてみよう。

1に、動画配信サービスを1つ契約していれば、あらゆる端末でそれを視聴できることが望まれる。居間ではテレビ受像機で見て、書斎ではパソコンやタブレットで見て、外出先ではスマートフォンで見るという具合に、時と場合によって端末を使い分けたい。そして、大多数の人にとって、テレビの大画面で見ることが最も多く、スマートフォンでの視聴は外出先などでの補助的な手段になるだろう。

そして第2に、通信事業者と動画配信は独立に選択できることが望まれる。通信回線と動画配信サービスが括り付けられているということは、あるメーカーのテレビを買うと、そのメーカーが指定した特定のテレビ放送しか見られないのと同じことだ。これでは困るのは当たり前だ。

1つの通信回線で特定の動画配信しか視聴できなければ、将来もっといい通信回線が現れても、今まで見てきた動画配信を見続けようとしたら契約変更ができない。こうして鍵をかけてユーザーを囲い込むのが、通信事業者の狙いの1つなのだろうが、これはユーザーの選択肢の自由度を奪う抱き合わせ販売以外の何者でもない。

このような点から、動画配信はNetflixHuluなどのように、通信事業者や端末メーカーから独立した企業によって提供される方が望ましい。

 

期待されるいい「土管」

日本の通信事業者は、通信サービス自体の品質や価格で他社と差別化を図るのはなかなか難しいため、コンテンツの提供などで差別化を図り、シェアを拡大しようとしている。そして、1社がこういう方向に進むと、他社も対抗上同様な戦略を取らざるを得なくなる。

しかし、通信事業者の本業は、あくまで高速、高品質の回線を安く提供することだ。電話会社の昔からそうだったし、コンテンツの配信などに手を広げても、コアコンピタンスが通信回線の提供にあることに変わりはない。

コンテンツの配信などを伴わない、通信回線だけの提供は、日本語で「土管」、英語で “dumb pipe”と言われる。これだけでは売り上げが増えず、付加価値が低いため利益も上がらず、事業の多角化による経営の安定化も図れないと主張して、脱土管に突き進む通信事業者が日本には多い。しかし、これがユーザーにとって本当に望ましい姿かどうかは疑問だ。

通信事業者が提供する中途半端な動画配信は、外資系などの、回線や端末を選ばない動画配信専門のサービスに勝てない可能性が大きい。

そして、通信事業者が、事業拡大のために採算を度外視した低価格で動画配信を行えば、動画配信の市場の健全な発展を妨げる。そのため、抱き合わせ販売防止のような規制が必要になるかもしれない。

こういう問題は、動画配信に限らず、音楽や電子書籍の配信についても同じである。

通信事業者に期待するのは、あくまでいい土管の提供だ。市場の成長期には、いろいろな付加サービスを提供して事業の拡大を図ることも必要かもしれないが、市場が成熟した時にはどういう姿がユーザーに望ましいかをよく考えておく必要がある。

 

[関連記事]

(a) 「「dマーケット VIDEOストア」の会員数が200万を突破」、2012年7月24日、NTTドコモ

             (https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2012/07/24_01.html)

(b) 「月額590円で映画が見放題! 新作映画も楽しめる「ビデオパス」新登場」、2012年5月15日、KDDI株式会社

             (http://www.kddi.com/corporate/news_release/2012/0515h/)

(c) 「「ムービーLIFE」で合計54,000本の動画が視聴可能に!」、2012年5月29日、ソフトバンクモバイル株式会社

            (http://www.softbank.jp/corp/group/sbm/news/press/2012/20120529_02/)

   


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