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(株)エム・システム技研 「エムエスツデー2012年10月号 掲載        PDFファイル (エム・システム技研のサイトへ)

      

海外よもやま話 

 

11回 10年で1,000倍に! スーパーコンピュータの性能

 

酒井ITビジネス研究所  代表 酒 井 寿 紀

 

生みの親はシーモア・クレイ

科学技術専用の超高速コンピュータは1950年代からありました。しかし、現在のようなスーパーコンピュータは、シーモア・クレイが開発し1964年に世に出たCDC 6600が最初だと一般に言われています。スーパーコンピュータといっても、その性能は約1メガ(106Flops1秒間に実行する浮動小数点演算の数)で、現在の最高速機の約10ペタ(1015Flposに比べれば、100億分の1程度です。

TOP500」というプロジェクトが、1993年から、全世界のスーパーコンピュータの上位500システムのランク付けを毎年6月と11月に発表しています。最近では、日本の「京(ケイ)」が20116月から1年間トップの座を占め、話題を呼びました。

このデータによると、初めて1ギガ(109Flopsを超えたのは前記のクレイが開発したCray-2で、1986年でした。また、初めて1テラ(1012Flopsを超えたのはインテルのASCI Redで、1997年でした。そして、初めて1ペタFlopsを超えたのはIBMのロードランナで、2008年でした。最近20年間は、ほぼ10年で1,000倍になるペースで高速化してきたわけです。つまり、毎年約2倍になったことになります。

大変な高速化ですが、その実現方法はどう変わってきたのでしょうか。

 

専用CPUから汎用CPU

1990年ごろまでは、スーパーコンピュータ専用のCPUが使われていました。汎用コンピュータのCPUは、科学技術用としては不要な機能を多数備えていて、技術の限界に挑むスーパーコンピュータには不向きだったためです。

1990年ごろから、RISCという、機能は単純だが高速なCPU1個のLSIに収めたものが現れ、スーパーコンピュータにも使われるようになりました。サン・マイクロシステムズのSPARC、ヒューレット・パッカードのPA-RISCIBMPowerなどのRISCです。RISCは構成が単純で小さく、消費電力も少ないため、これを大量に使って高性能を実現するのです。2000年代の初めのTOP500では、80%以上のシステムがRISCを使っていました。

ところが、2000年ごろから一般のパソコンやサーバで使われているインテルのX86系のCPUの性能が向上し、相対的にRISCのメリットが減りました。X86の方が圧倒的に生産量が多いため、安く調達できることも大きく影響しました。1個のCPUの性能は低くても、大量に使えばスーパーコンピュータを作れるのです。例えば、126月のTOP500で第4位になったシステムは、約15万個のX86CPUを使って2.9ペタFlopsの性能を実現しています。

126月のTOP500では、全体の87%X86CPUを使ったシステムで、今やこういう方法が世界の主流になっています。

 

 

グラフィック用LSIの活用

前記のようにCPUの種類はいろいろ変わってきましたが、1機種には1種類のCPUが使われるのが普通でした。しかし、汎用のCPUは複雑で大きく、消費電力も多いため、演算のみを実行するのに最適とは言えません。一方、汎用のCPUと組み合わせて使うグラフィック処理のLSIは演算に特化しているため、演算だけのためならこの方が適しています。

そのため、2010年からX86系のCPUNVIDIA社のグラフィック用LSIを組み合わせたスーパーコンピュータが多数現れました。126月のTOP500では上位50システム中8システムがこの種のものです。その内4システムは中国製で、その一つは1011月のTOP500で世界一になりました。同時に第4位になった東京工業大学のTSUBAME 2.0もこの種のものです。

 

メニーコアの登場

1個のLSIに多数のCPUを収めて、装置の小型化、高速化、省電力化を図ろうという技術開発も進められ、メニーコアと呼ばれています。

その一つが11年に現れたIBMのブルー・ジーン/Qで、18個のCPU1個のLSIに収めています。126月のTOP500では上位10システム中の4システム(40%)をこれが占めています。上位500システム中では20システム(4%)に過ぎませんが、長期的にはメニーコアを使った製品が増える可能性が大きいと思われます。

コンピュータの歴史は、半導体の高集積化をいかに製品に生かすかという課題を解決してきた歴史で、その間半導体1チップの回路数は1個から数十億個に増加しました。この延長線上で将来を考えると、必然的にメニーコアの方向になると思われるからです。

 

今後の課題

現在、次期スーパーコンピュータとして、2018年ごろに1エクサ(1018Flops程度を実現する計画が米国や日本の研究機関で検討されています。今までの10年で1,000倍のペースを維持しようとする目標です。

ただ今後は、高性能を実現するだけでなく、次のような点も大きい課題だと思われます。

従来、ややもすると、超高速を実現するため、カネに糸目をつけない計画も容認されてきました。しかし、費用が莫大になり、財政が逼迫してきたため、安く実現することが非常に重要になってきました。量産品のCPUやグラフィック用LSIの活用などです。特殊なLSIの開発はますます不利になるものと思われます。

そして、全世界のユーザー間でのスーパーコンピュータのソフトの相互利用が重要になると思われます。また、スーパーコンピュータのハードウェアは進歩が速く、陳腐化が激しいため、世代間でのソフトの流用も重要です。ハードウェアが完成してから何年もかかってソフトを開発していたのでは、その間にハードウェアの価値はどんどん下がってしまうからです。

そのため、機種間、世代間でソフトの移行性が高いことが非常に重要で、いくら性能がよくてもソフト的に孤立したシステムは不利になります。この点からは、現時点ではX86CPUを使ったシステムが最も有利になります。

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海外の体験談やIT事情などを3年間書かせて頂きました。少しでもお役に立ちましたら幸いです。

 

[関連記事]

(a)  "TOP 500", Top500.org  (http://www.top500.org/)

(b) 酒井 寿紀、「スーパーコンピュータの市場をIBMが席巻?」、Computer & Network LAN、2005年4月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2005/ar0504cnl.htm)

(c) 酒井 寿紀、「ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ」、OHM、2011年10月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1110ohm.htm)

(d) 酒井 寿紀、「続・ポスト「京」の課題・・・ホモジニアスかヘテロジニアスか?」、OHM、2011年11月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1111ohm.htm)

  


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