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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2012年9月号 掲載 PDFファイル
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
マイクロソフトが本年6月18日に、Surface、Surface
Proという2機種のタブレットを発表した。いずれも10.6インチのディスプレイを備え、Windows系のOSを使うものである。
Surfaceは、ARM系のCPUとARM用のWindows
8のOSを使い、今秋Windows
8のリリースと同時に発売するという。これは、アップルのiPadやAndroid系のタブレットと市場でもろに競合するものだ。
Surface Proは、インテルのX86系CPUとX86用のWindows
8のOSを使い、発売はSurfaceの3か月後だという。ノートパソコンなどと同様に、従来のWindowsのアプリケーションをそのまま使うことができる。Windowsの世界を従来より1ランク下のタブレットにまで広げたものだ。
そして、両機種とも2種類のカバーが用意されていて、それを開くとタッチ入力のキーボード、または通常のキーボードとして使える。また、裏蓋の下半分を開くとスタンドになる。したがって、机の上に立てて従来のノートパソコンと同じように使える(a)。
グーグルもNexus
7というタブレットを6月27日に発表した。7インチの液晶ディスプレイを備え、ARM系のCPUと新しいAndroid
4.1のOSを使うものである。
価格は199ドルで、アマゾンのKindle
Fireという、機能に制約はあるがAndroid系で最も安いタブレットと同じだ(b)。
問題は何か?
マイクロソフトもグーグルも基本的にはソフトウェア・ベンダーで、機器メーカーにソフトを提供している。こういう企業がハードに参入すると、種々の問題が生じる。
第1の問題は、自ら機器を販売すると、ソフトの提供先である機器メーカーと市場で競合することだ。機器メーカーは、ソフトの提供元であるマイクロソフトやグーグルに表立って反対は唱えないだろうが、内心不愉快に思っているはずだ。
それは、機器メーカーがマイクロソフトから有料でソフトを調達しているのに対して、マイクロソフトは事実上タダで入手できるようなもので、平等な競争にならないからだ。そして、マイクロソフトやグーグルは、新しいソフトの開発情報を他社より早く入手でき、また、社内で相談してハード/ソフトの開発の方向付けをすることもできるからだ。
第2の問題は、利益率が低下する恐れがあることだ。2011年の利益率は、マイクロソフトが33%、グーグルが26%で、一般のハードウェア・メーカーに比べて高い。タブレットは韓国や台湾のメーカーとの熾烈な価格競争にさらされるため、こういう市場に参入すると、高い利益率を維持するのは困難だろう。そのため、株主の反発を買う可能性もある。
真の狙いは?
では、このような問題があるにもかかわらず両社がハードに参入したのはなぜだろうか?
Strategy Analyticsの統計でタブレットの全世界での出荷台数のシェアを見てみよう。アップルのiPadのシェアは、2010年第4四半期(10Q4)には68%だったが、2011年第4四半期(11Q4)には58%に減った。最近Android系に押されてはいるが、まだ圧倒的なシェアを維持している(c)。
Android系は、10Q4には29%だったが、11Q4には39%に伸びた。ただし、2011年の本統計のAndroidの数値には、電子書籍の閲覧が主目的で、カメラもなく、使用できるAndroidのアプリケーションも限られているものが39%中約40%あるという。したがって、これらを除けばAndroidの伸びはほとんど認められない(c)。
マイクロソフトのWindows系のタブレットのシェアは、10Q4に0%、11Q4に1.5%ということで、まだごくわずかしか売れてないことが分かる(c)。
グーグルにとっては、スマートフォンの販売台数で2010年前半にアップルを抜き去った現在、次の目標はタブレットだ。しかし、この市場ではまだアップルと大きな開きがある。そして、前記のように正規のAndroidのタブレットではない製品がかなりのシェアを占めていて、アプリケーションの市場の健全な発展を妨げている。
こういう状況を打破するためには、魅力ある正規のAndroidタブレットの出現が必須である。そのため、グーグルはハードに参入したのだと思われる。
また、パソコンのソフトで圧倒的な地盤を築いたマイクロソフトにとっては、次の目標はタブレットとスマートフォンだ。このうちタブレットについては、下位のパソコンの市場を侵食しているにもかかわらず、マイクロソフトのシェアは前記のようにまだ微々たるものである。他のハードウェア・メーカーも、Windowsを搭載したタブレットにあまり積極的ではなく、これではアップルとAndroid系に成長市場を奪われてしまう。これが自らハードに参入した理由だろう。
このように、両社とも最終目標はタブレットの市場でのAndroid系とWindows系のシェアを確立することだと思われる。前記のように種々の問題があるため、ハードの販売自体による売り上げ・利益の増大を狙っているとは思えない。したがって、両タブレットとも、いわば同類の製品の「呼び出し役」で、同類の製品が多数登場し、サードパーティーのアプリケーションが揃ったら、その使命を終えて自らは身を引く可能性があると思われる。
[後記]
2013年1月5日の日本経済新聞によると、マイクロソフトのケビン・ターナーCOOは、同紙のインタビューで、自社タブレット「サーフェス」の発売によってパソコンメーカーとの協力関係にひびが入るとの見方があるとの指摘に対して、次のように語ったという。
「ウィンドウズ8を使えば何ができるか例を示し、メーカーに刺激を与えるのが目的だ。より薄く軽く、バッテリーが長持ちするタブレットを各社に製品化してほしい。サーフェスでメーカーに取って代わる意図はない」
やはり「サーフェス」の主目的は「呼び出し役」のようだ。
(2013/1/6)
(b) "Google goes up against Amazon, Apple with Nexus tablet",
(http://www.reuters.com/article/2012/06/27/us-google-conference-android-idUSBRE85Q1B620120627)
(c) "Android Reaches 39% Tablet OS Market Share (Standing On Amazon’s Shoulders)", TechCrunch
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