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(株)エム・システム技研 「エムエスツデー 」2012年4月号 掲載 PDFファイル (エム・システム技研のサイトへ)
海外よもやま話
酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀
EMSの生い立ち
現在、アップルのiPhone、マイクロソフトのXbox、アマゾンのKindle、任天堂のWiiなどは、台湾の鴻海(ホンハイ)という会社が製造しています。こういう製造を請け負う会社はEMS
(Electronic Manufacturing Service)と呼ばれていますが、こういうEMSはどのようにして育ってきたのでしょうか? 主なEMSの生い立ちを振り返ってみましょう。
セレスティカは、もともとはカナダのトロントにあったIBMの製造工場の一つで、大型コンピュータの筐体などを製造していました。1980年代末から1990年代にかけて、大型コンピュータの生産台数が減少したため、プリント基板の製造などに業務を広げました。そして、1994年にIBMの子会社として独立して他社からも注文を取るようになり、1996年には他社に買収されてIBMから完全に独立しました。その後、同社は1998年までに12社を買収して業容を拡大し、同年上場しました。現在同社は、北米、ヨーロッパ、アジアで事業を展開しています。
1977年設立のソレクトロンはカリフォルニアにあったEMSの老舗でした。1990年代に入り、同社はIBM、ヒューレット・パッカード、ソニーなどの製造工場を買収し、買収先から製造業務を受託して事業を拡大しました。一時は、全世界の50か所以上に製造拠点を持ち、世界最大のEMSでした。
フレクストロニクスは1990年に設立されたシンガポールのEMSです。1990年代にエリクソンの工場などを買収して拡大しました。2007年には上記のソレクトロンを36億米ドル(約2,800億円)で買収しました。現在20万人以上の人員を抱え、30か国で事業を展開しています。最近の年間売り上げは約300億米ドル(約2.3兆円)で、世界第2位のEMSです。
SCIとサンミナも米国のEMSでしたが、2001年にサンミナが60億ドル(約4,600億円)でSCIを買収し、サンミナ-SCIになりました。現在世界18か国に拠点を持ち、通信機器やパソコンの製造を受託しています。
鴻海(ホンハイ)精密工業は1974年に設立された台湾のEMSで、当初はコネクタなどを製造していました。1988年から中国の深圳(シンセン)でも生産を開始しました。1990年代の後半にデルからパソコンの生産を受託し、2000年代になって、アップルのiPhone、マイクロソフトのXbox、任天堂のWii、ソニーのPlayStationなどの製造を受託し、事業を急拡大しました。現在全世界に90万人以上の人員を抱え、最近1年間の売り上げは約1,100億米ドル(約8.5兆円)で、世界最大のEMSです。
最大の製造拠点である深圳の工場の敷地は約3平方キロメートルで、その中には、病院、消防署、プール、レストラン、商店、テレビ放送局などもあり、40万人前後の人がここで働いているといいます。深圳の工場には拡大の余地がもうほとんどないため、現在同社は人件費がより安い中国内陸部に拠点を増やすとともに、ヨーロッパ、ブラジル、メキシコなどでも工場建設を進めています。
EMSの変遷
このようにEMS各社の歴史は様々ですが、EMS業界全体の大きい傾向はどう変わってきたのでしょうか?
1980年代までは、プリント基板の製造・組み立てなど、製造工程の一部を請け負うものが中心でした。
1990年代になると、製品メーカーが経営合理化のため製造部門を売却して、売却先に製造を委託するようになり、その受け皿としてEMSが大業界を形成するようになりました。しかし、この時期の委託元は、自社でも製造部門を持ち、一部を外部に委託するのが普通でした。
ところが2000年代に入ると、自社では製造部門をほとんど持たず、生産開始時から全面的にEMSに委託するところが増えました。これは、開発・販売と製造の水平分業と見ることもできます。
またEMSは、はじめは狭い意味での製造や組み立てだけを行っていましたが、やがて部品・材料の調達、生産設備の運転に必要なデータの作成など、上流の業務も請け負うようになりました。そして、下流の業務についても、完成品の検査、在庫管理、物流、さらには、修理、下取り品の再活用・廃棄に至るまで業務を広げてゆきました。製品のゆりかごから墓場まで、すべての面倒を見るようになったのです。
なぜEMSか?
では、なぜこのように他社に製造を委託することが一般化したのでしょうか?
第一に、コアコンピタンスへの経営資源の集中が重視されるようになったことです。自社で実施するよりも他社に委託した方が得策なものは、アウトソースして費用を節減するのが一般的になりました。経営資源を自社のコアコンピタンスである業務に集中して競争力を強化するとともに、軽量経営を実現するのです。これは、言い換えれば「餅は餅屋に」ということです。
その背景として、「最近のエレクトロニクス製品の競争力のキーは、半導体やソフトウェアで、装置の組み立ては競争力の決め手にはならない」ということがあります。
第二に、大量生産・大量調達のメリットです。エレクトロクス製品では汎用の電子部品が原価の多くの部分を占め、その購入価格の交渉には調達量の多寡が大きく影響します。その点で何社もの製品を製造しているEMSは非常に有利です。また製品の種類が多いと、作業の繁閑が平準化され、設備の稼働率を向上させることができる点でも有利です。そのため、EMSは規模拡大のための合併が多いのです。
第三に、Time-to-Marketの短縮があります。競争の激しいエレクトロニクス製品では、開発に着手してから市場に出すまでの時間の短縮が非常に重要です。とくに新規に事業を起こす企業にとっては、土地や生産設備の取得、製造要員の雇用などは大きな負担になり、時間を要します。その点、EMSを使えば時間が短縮できます。iPhoneなどは、もしEMSを活用しなかったら、あのような短期間に量産体制を立ち上げることは困難だったでしょう。
もちろん、他の企業に製造を委託すれば、自社で製造するよりコントロールが難しくなります。しかし、EMSを活用して上記のようなメリットを享受することが今後の重要な課題になると思われます。
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