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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2012年3月号 掲載 PDFファイル
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
苦難の道を歩む電子書籍端末
先月号の本コラムで、Androidの改変をグーグルが統制する問題について記した。しかし、Androidの改変には、これとは直接関係のない問題も存在する。ここでは、電子書籍端末の事例を3件取り上げよう。
米国最大の書店チェーンであるバーンズ・アンド・ノーブル(B&N)は、2009年11月にNook(ヌック)という、白黒の電子ペーパーを表示画面に使った電子書籍端末を発売した。そして、同社は2010年11月、その後継機のNook
Colorを、249ドル(約1.9万円)で発売した。表示画面は7インチのカラー液晶で、OSはAndroidであり、汎用のタブレットに近い構成だが、カメラやGPS(位置センサ)などは付いていない。そのため、電子書籍の購読、ウェブの閲覧、ビデオの視聴などはできるが、インターネット上でAndroidのアプリケーション・プログラム(AP)を提供している「Androidマーケット」から自由にAPを取り込んで実行することはできない。
ところが、このNook
Colorに手を加えて、AndroidマーケットのAPを自由に使えるように改造する情報が、2010年中にインターネット上に掲載された。これによって、使いたい電子メール・クライアントや電子書籍リーダーなど、汎用タブレットのいろいろなAPが使えるようになった(a)。
B&Nは、その後2011年11月にNook
Tabletという上位製品をNook
Colorと同一価格で発売した。この製品に対しては、発売の4日後にAndroidマーケットを使えるように改造する情報が出回ったという(b)。
アマゾンは2007年にKindleという電子ペーパーを使った電子書籍端末を発売し、今日の電子書籍の隆盛の口火を切った。その後、同社は2011年11月に、その上位製品でOSにAndroidを用い、7インチの液晶パネルを使ったKindle
Fireを199ドル(約1.5万円)で発売した。
これも、アマゾンの電子書籍の購読、ビデオの視聴、ウェブの閲覧などはできるが、AndroidマーケットのAPを使うことはできないものだった。しかし、発売の2日後には、Androidマーケットを使えるように改造する方法がネット上で公開されたという(c)。
アマゾンはAndroidマーケットへのアクセスを妨害していたが、こういう状況を踏まえて2011年12月下旬に同社はこれを止めた。これで直ちにAndroidマーケットのAPが使えるようになったわけではないが、一歩前進である。
シャープは2010年12月にGALAPAGOSというAndroidを使った電子書籍端末を発売した。10.8インチと5.5インチのカラー液晶パネルを使ったもので、価格はそれぞれ54,800円、39,800円だった。これもカメラやGPSがない電子書籍専用の端末で、当初はAndroidマーケットに対応していなかった。しかし、同社は2011年7月、Androidマーケットに対応するように機能を拡張した。そのため、カメラ等の機能を除けば汎用タブレットと変わらなくなった(d)。そして、同社は2011年9月にこの当初のGALAPAGOSの販売を打ち切った(e)。
同社は2011年8月に、7インチの液晶パネルを使い、カメラ、GPSなど、汎用のタブレットと同等の機能を備え、Androidマーケットも使える新しいタブレット端末のイー・アクセスへの提供を始めた。無線LAN接続のみで、3G回線への接続はなく、価格は44,800円である。
その後同社は、同年11月に上記と同等の仕様でWiMAXの通信機能を追加した製品を同じ価格で発売し、現在KDDI系のUQコミュニケーションズが販売している。
これらの事例が示すもの
まず、アマゾンやシャープの事例は電子書籍専用のタブレットは存在が困難になったことを示している。それは、電子書籍の販売を増やすためには、汎用のパソコン、タブレット、スマーフォンなどで読めることが要求され、アマゾン、ソニー、B&N、シャープなどの電子書籍がそうなったためだ。
そして、汎用タブレットは価格競争でどんどん安くなり、電子書籍専用のタブレットは、よほど安くしないと売れなくなった。そのためアマゾンやB&Nは非常に安い価格を設定した。しかし、機能に制約はあるが、これを汎用タブレットに改造する方法が公開されたため、結果的に汎用タブレットに近い製品が200〜250ドルという安い価格で入手できるようになった。
また、シャープも電子書籍専用のタブレットの販売を中止し、汎用タブレットの販売に切り換えた。
今後、電子書籍専用の端末として残るのは、電子ペーパーなどを使ったごく安いものだけになるのではないだろうか? 現在アマゾンは、読書中以外に広告を表示する端末を79ドル(約6,100円)で販売している。
電子書籍端末のメーカーは、コモディティ化した汎用タブレットの市場で厳しい価格競争に巻き込まれている。
そして、ソフトの改変だけによる専用端末化は不可能なことも分かった。Androidはソースコードが公開されているため、Androidを使った電子書籍端末は次々と汎用化された。ハードの機能に制約があり、保証上の問題もあるが、それでも構わないユーザーもいるので、こういう動きは今後も止まらないだろう。Androidの改変による使用目的の変更を防止するためには、例えば表示に電子ペーパーを使うなど、ハードウェアを特殊なものにするしかないと思われる。
(http://www.techhive.com/article/244384/nook_tablet_fully_rooted_gets_you_android_market.html)
(c) "Kindle Fire Gets Rooted", Nov 16, 2011, PCWorld (http://www.techhive.com/article/243977/kindle_fire_gets_rooted.html)
(d) 「メディアタブレット「GALAPAGOS」のOSをAndroidTM 2.3に変更するシステムソフトを提供開始」、ニュースリリース、2011年7月14日、シャープ
(http://www.sharp.co.jp/corporate/news/110714-a.html)
(e) 「シャープ、ガラパゴスの販売終了へ 配信サービスは継続 」、2011/9/15、日本経済新聞
(http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD1502K_V10C11A9000000/)
(f)
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