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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2012年2月号 掲載 PDFファイル
		  
		  
		  酒井 寿紀(Sakai 
		  Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
		  
		  
		  グーグルが豹変?
		  グーグルが2008年に提供を始め、現在多くのスマーフォンに使われているAndroidは、無料で入手でき、ソースコードが公開されていて自由に改変できる。WindowsなどのプロプライエタリなOSは自由に改変できないため、それを使った機器は差別化が困難で、コモディティ化し、価格のみの競争になる。そこで、Androidを採用すれば自社の特長を出せると考えた機器メーカーが多かったことが、Androidの市場が急成長した原因だと思われる。
		  
		  ところが、最近グーグルが従来の方針を変更したという。2011年3月30日のビジネスウィークは、複数のAndroidのユーザー企業の幹部から得た情報として、今後はAndroidの最新版を入手するためには、Androidの使用計画についてグーグルの了承を得ることが必要になったと報じた。Androidを使う機器間の互換性がなくなり、市場がバラバラになる(fragment化する)ことを防止するために、Androidのライセンス契約に「anti-fragmentation条項」が含まれるようになり、その改変にはグーグルの了解を要するようになったという(a)。
		  
		  その後も同様な報道が相次いだ。もはやAndroidは自由に改変することができなくなったのだろうか?
		  
		  
		  実際は当初から不変?
		  
		  グーグルが最近統制を強化したという報道に対し、同社は、Androidの改変には当初から一定の制約があり、なんら変わっていないと反論している。
		  
		  確かに、Androidの初版リリースの前年の2007年に、グーグルは米国の調査会社IDGの記者の改変の自由についての質問に次のように答えている。
		  
		  「anti-fragmentation条項については、Androidを使う企業の団体の全メンバーが合意している。それを踏まえて、我々はAndroidがバラバラにならないような仕組みを設けた(b)」
		  
		  また、少なくとも2009年中には、互換性の定義を明確化し、互換性を検証するソフトを提供していた。そして、それを満足しないと、Android用のアプリケーション・プログラム(AP)を販売するAndroidマーケットと、Androidの名称の使用を禁じていた。
		  
		  このように、グーグルの方針は初期から基本的には変わっていない。ただ、当初はその精神の共有が重要だと考えていたようだが、精神論だけでは不十分だと判明したため、契約で明確に縛るようにしたのではないだろうか?
		  
		  
		  重要なのはエコシステム
		  ところで、OS自身はユーザーからはあまり見えないもので、極端に言えば、性能がよく(レスポンスが速く)、信頼性が高い(バグが少ない)ものなら何でもよい。ユーザーにとって重要なのは、そのOSを取り巻くAP群、つまりOSを核にしたエコシステムだ。API 
		  (Application Program Interface)が明確になっていて、長期間にわたって不変であるため、質の高いAPが多数そこに生息していることが大事なのである。
		  
		  Windowsが全世界を制覇したのは、1980年代にマイクロソフトが同社のエコシステムの形成に成功したことが最大の要因である。
		  
		  Androidの普及にもエコシステムの形成が必須で、そのためにはOSの改変に制約が必要なのは当たり前だ。したがって、Androidのエコシステムの中で、Androidを改変して容易に自社独自の特長を出せると考えるのは甘い幻想に過ぎない。Androidの改変の自由に過剰な期待を抱いていた企業が多かったため、相互に通用しない「方言」が多数できるおそれがあり、その規制が必要であることを2010年3月号の本コラムでも指摘した(1)。
		  
		  
		  エコシステムには司令塔が不可欠
		  
		  グーグルは、Androidを自由に改変して自社独自のOSのベースとして使うことも認めているが、これは基本的にはAndroidのエコシステムの外での話だ。しかし、Androidのエコシステムの中で、OSの機能を一部追加・変更して使うこともあり得るので、話はそれほど単純ではない。
		  
		  エコシステムは、技術の進歩に伴って常に進化する。例えばWindowsでは、インターネットのプロトコルのサポートに、初期にはサードパーティーのソフトを使っていたが、その後、WindowsのOSが標準でサポートするようになった。このように、サードパーティーによって新しい道が切り開かれ、エコシステムを発展させてきた例は多い。したがって、エコシステムの進化のためには、統制が少ない方がよい面もある。
		  
		  一方で、マイクロソフトが完全に統制しているはずのWindowsでも、APIの統制が不十分でバージョンアップによって従来のAPが使えなくなることも多い。Androidでも、バージョンアップのたびに互換性の定義が変更され、同様な問題を起こしている。こういう面からは、長期的に不変な統制を厳しく実施することが望ましい。
		  
		  したがって、完璧な統制で進歩を閉ざす道と、自由放任で混乱を来たす道との中間にユーザーにとって最も好ましい姿がある。エコシステムの発展のためには、関連する半導体メーカー、機器メーカー、ソフトウェア・ベンダーなどを適切に統制していく必要があり、そのためには司令塔が不可欠だ。Androidでその役割を担えるのはグーグルしかない。
		  
		  
		  (1) 
		  
		  「Androidがスマートフォンの市場を席巻!?」, 
		  OHM, 2010年3月号,
		  
		  
		  オーム社
		  
[関連記事]
(a) "Do Not Anger the Alpha Android", March 30, 2011, Bloomberg Businessweek
(http://www.businessweek.com/magazine/content/11_15/b4223041200216.htm)
(b) "Q&A With Google Android Developer", Nov 6, 2007, IDG News Service (http://www.techhive.com/article/139331/article.html)
(c) 酒井 寿紀、「専用Android端末の苦難の道」、OHM、2012年3月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2012/ar1203ohm.htm)
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