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(株)エム・システム技研 「エムエスツデー20121月号 掲載        PDFファイル (エム・システム技研のサイトへ)

      

海外よもやま話 

    

8回 コンピュータの50

 

酒井ITビジネス研究所  代表 酒 井 寿 紀

  

 

大型コンピュータからスマートフォンへ

1960年代の初期のコンピュータと現在のスマートフォンは、外見がまるきり違います。昔のコンピュータは、部屋いっぱいになるような大きさでしたが、現在のスマートフォンは片手に乗ります。価格も、何億円もしたものが数万円で買えるようになりました。

しかし、その心臓部分の構成は、ほとんど変わっていません。両者とも、論理演算や数値計算をする演算装置、プログラムやデータを一時的に蓄えておくメモリ、メモリから命令を読み出して解読し実行する命令実行装置、プログラムやデータを格納しておく外部メモリなどから構成されています。

と言っても、各装置の機能は驚くほど違います。昔のメモリは大型機でも数百キロバイトでしたが、スマートフォンには1ギガ(10)バイトと、1,000倍以上のものがあります。外部メモリも数十メガバイトから数十ギガバイトへと、やはり1,000倍程度になっています。

価格が1万分の1のものの機能がこのように増えているので、同じ価格のものがどうなっているかが分かります。この50年間にこんなに進歩した工業製品は他にないでしょう。では、何がこの大躍進をもたらしたのでしょうか? その原動力になったのは、主として半導体と磁気記録の技術の進歩です。

 

ムーアの法則

インテルの創設者の一人であるゴードン・ムーアが、1965年に半導体の進歩について論文を発表し、1チップの半導体上のトランジスタ数は1年で2倍になると主張しました。その後同氏は2年で2になると変更しましたが、一般には1.5年で2倍になるという説が広まり、これが「ムーアの法則」と呼ばれるようになりました(a)

そして、半導体の量産が安定すれば、1チップの半導体はほぼ同じ原価で生産できるため、ムーアの法則は、同一価格の半導体メモリの容量が1.5年で2倍になることを意味しました。

1.5年で2倍ということは、15年で210乗倍、つまり約1,000倍ということです。これは、5年で10倍、10年で100倍になり、40年後には1億倍になることを意味します。

1960年代にはメモリに主として磁気コアが使われ、1970年頃半導体メモリのDRAMに切り替わりました。その頃のメモリの価格は1メガバイトが1億円程度しました。それから40年経った現在、パソコン用の増設メモリが1メガバイト当たり1円足らずで買えます。

ゴードン・ムーアは少なくとも10年ぐらいはこうした進歩が続くだろうと唱えましたが、現在に至るまで40年以上にわたってこのペースが続いているのです。

ムーアの法則のベースになっているのは、半導体の微細加工技術がほぼ3年ごとに1世代進み、1チップのトランジスタ数が4倍になることでした。しかし、このペースは21世紀に入って少し落ちてきました。一方、価格の方は需給の関係で上下し、近年は、過剰生産による過当競争のため、技術の進歩以上に価格が低下しています。その結果、上記のように現在でもムーアの法則が成り立っているのです。

 

磁気記録技術は?

コンピュータの進歩を牽引してきたものに、もう一つ磁気記録技術があります。

1980年頃の磁気ディスクの価格は1メガバイト当たり1万円程度でしたが、最近パソコン用の1テラ(兆)バイトの外部磁気ディスクが1万円以下で買えるようになりました。30年間で同じ価格のディスクの容量が100万倍以上になったのです。これは、長期的に平均すれば10年で100倍ということで、前記の半導体の進歩のペースと同じです。ディスクの進歩は半導体のように一定のペースではありませんでしたが、平均すればほぼ同じようなペースで進歩を遂げてきたのです。

 

ユーザーにとって何が変わった?

この大躍進はユーザーに何をもたらしたでしょうか?

1960年代後半に全世界で広く使われたIBMの中型コンピュータの最大メモリ容量は64キロバイトでした。メモリ容量が少ないため、当時のプログラマは1命令でも減らすのに腕を振るいました。

現在は1枚の壁紙(画面の背景の画像)に100キロバイト以上も使っています。当時のプログラマが聞いたら腰を抜かすでしょう。

1960年代には磁気テープが外部メモリの主役でした。その容量はせいぜい数十メガバイトで、大容量のデータは、順序を並べ替えるだけで磁気テープ装置を何台も使い、何時間もかけて処理しました。

コンピュータを外から見て動いているのは磁気テープ装置だけなので、テレビドラマに出てくるコンピュータは必ず磁気テープでした。磁気テープが使われなくなるとコンピュータの装置はすべてただの箱になってしまい、テレビドラマの制作者は困ったと思います。

1960年代には外部メモリとして磁気ディスクも使われるようになりました。1960年代後半には、直径14インチのディスクを重ねた30メガバイトのディスクパックを8台同時に使える集合ディスク装置が現れました。磁気テープはシーケンシャルな処理しかできませんが、磁気ディスクはランダムにアクセスできるので、これによって初めて大規模な銀行のオンライン・システムなどが可能になりました。

初期の集合ディスク装置の容量は、前記のように合計240メガバイトでした。現在のスマートフォンにはフラッシュメモリの外部メモリを32ギガバイト搭載できるものもあります。集合ディスク装置100台分以上を内蔵しているわけです。そして、何ギガバイトも使って自分の子供が遊んでいる姿の動画を納めて喜んでいるのです。当時の人には信じられないでしょうが、技術の進歩とはこういうものなのでしょう。

こうして、半導体と磁気記録の進歩を原動力にして、この50年間、コンピュータは長足の発展を遂げました。両者ともそろそろ限界だと言われ出してから10年以上になりますが、今後もまだしばらくは進歩が続くでしょう。しかし、微細化も原子のレベルに近づきつつあるので、いずれ限界が来るのは確かです。

 

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(a)  Gordon E. Moore, “Cramming More Components onto Integrated Circuits”,  April 19, 1965, Electronics

   


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