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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2011年11月号 掲載 PDFファイル
続・ポスト「京」の課題・・・ホモジニアスかヘテロジニアスか?
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
ホモジニアス対ヘテロジニアス
最近のスーパーコンピュータは、特殊なプロセッサを使わず、汎用のマイクロプロセッサを大量に使って超高性能を実現するものが主流である。今年6月の「TOP
500」の上位500システムでも、インテル/AMDのX86系が447システム、IBMのPower系が45システムなどと、499システムが汎用プロセッサまたはそれをベースにしたものを使っている。唯一の例外は、2002年に登場した日本の「地球シミュレータ」だけだ。
超高性能を実現するにも、コストを含めて総合的に評価すると、大量に生産されている汎用マイクロプロセッサを使う方式が圧倒的に有利なことを物語っている。
汎用プロセッサを使ったものにも、大きく分けると2種類ある。汎用プロセッサだけを使ったホモジニアスなものと、汎用プロセッサのほか、演算専用のプロセッサも使ったヘテロジニアスなものだ。
ホモジニアスなものは構成が単純で、アプリケーション・プログラムの開発が比較的容易である。日本の「京」、IBMのBlue
Gene、クレイのJaguarなどがこれに属する。
一方、ヘテロジニアスなものは構成が複雑で、機種ごとに構成が違うため、ハードウェアの性能を十分に引き出すプログラムの開発が難しい。しかし、演算を演算専用のプロセッサで行うため効率よく高性能を実現できる。
今年6月の統計では、ヘテロジニアスなものは上位500システム中の19システム(約4%)である。しかし、上位100システム中では10システム(10%)、上位10システム中では4システム(40%)がヘテロジニアスで、本方式が超高性能実現の有力な手段になりつつあることを示している。
ヘテロジニアスには2系統ある
ヘテロジニアスには、現在2系統のものがある。
1つは2001年から2005年にかけてソニー、IBM、東芝が共同開発したCellというLSIを使ったものだ。Cellは汎用と演算用の2種のプロセッサを内蔵していて、ソニーはこれをビデオゲーム機に使うとともに、情報家電製品に広く使おうとしていた。小生は2005年5月号の本コラムで、本計画に疑問を呈するとともに、Cellの技術は将来スーパーコンピュータの有力な選択肢になるだろうと記した。(1)
その後、2008年9月号に記したように、同年IBMはCellを使ったスーパーコンピュータRoadrunnerを発表した。(2)
今年6月の上位500システムでは、ヘテロジニアス方式の19システム中、5システムがCellを使ったものだ。
CellのようなヘテロジニアスなマルチコアのLSIを使えば、高速化、低電力化には非常に有利だ。しかしその開発には莫大な費用がかかり、現在手がけているのはIBMだけである。他に本方式のLSIを開発する可能性があるのはインテルぐらいではなかろうか?
一方、2008年に東京工業大学のTUBAMEという、演算用にGPU
(Graphics Processing Unit)を使ったものが現れた。GPUはもともと図形の処理を高速化するためのLSIだが、これをスーパーコンピュータに適用して、安価に高性能を実現しようとするものだ(a)。同じようにGPUを使ったものが2010年以降急速に増え、今年6月の上位500システムでは、ヘテロジニアス方式の19システムの内14システムがGPUを使っている。順位が第2位と第4位の中国のスーパーコンピュータも、インテルのマイクロプルセッサとNVIDIAのGPUを組み合わせたものだ。半導体の開発・生産能力がなくてもCPUとGPUのLSIを買ってくれば、比較的簡単に安くスーパーコンピュータを作れる時代になった。
消費電力と開発費が重要な課題に
「京」の消費電力は約10MWだという。性能と同時に消費電力でも世界一だ。現在の技術レベルで、10ペタ(1015)Flopsのスーパーコンピュータに10MWの電力を要するとすると、次世代の目標である1エクサ(1018)
Flopsには1GW必要になる。これは原発1基分の電力になり、技術レベルの飛躍的進歩が不可欠だ。
消費電力の点から、今後の超高速機には、半導体回路の使用効率がより高いヘテロジニアス方式が有利になる。
そして、「京」の開発には1,000億円以上要したという。2002年に完成した「地球シミュレータ」は約400億円ということだ。一方、2010年に登場した、GPUを使ったヘテロジニアス方式のTSUBAME
2.0 (1.2ペタFlops)の開発費は約30億円だという。
開発費の平等な比較は難しいが、生産量が少ない特殊な半導体を開発すれば、汎用品を使うより開発費が高くなるのは当然である。
特殊な半導体の開発に巨費を投じても、半導体産業への寄与は限られる。一方、スーパーコンピュータを利用する立場の人にとっては、独自技術か否かは重要でなく、継続的に世界最高クラスの設備を使い続けられることが重要である。
今後は、できるだけ安く短期間に開発する方法の検討にもっと力を入れる必要がある。
(1)
「『Cell』はどうなる?」、OHM、2005年5月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2005/ar0505ohm.htm)
(2)
「『Cell』が世界最高速を実現!」、OHM、2008年9月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2008/ar0809ohm.htm)
[関連記事]
(a) 「はやぶさからTSUBAMEへ――日本技術者の底力」、2010年06月19日、ITmedia (http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1006/19/news004.html)
(b) 酒井 寿紀、「ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ」、OHM、2011年10月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1110ohm.htm)
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