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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2011年10月号 掲載 PDFファイル
ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
10年で1,000倍の成長路線
全世界のスーパーコンピュータの上位500システムの番付表である「TOP500」が毎年2回発表される。今年6月のTOP500で日本の「京(ケイ)」がトップの座を獲得した。これは、日本の「地球シミュレータ」が2002年6月から2004年6月までトップの座を占めて以来のことだ。暗いニュースが続く最近の日本で、これは久々に明るいニュースだった(a)。
では、今回の快挙の後、日本のスーパーコンピュータはどういう方向に進むべきなのだろうか? スーパーコンピュータは研究や開発に使われる「道具」なので、これらに従事するユーザーの立場に立って考えてみよう。
「京」の目標は2012年の完成時に10ペタFlops(1秒間の浮動小数点演算回数)を実現することである。ペタは1015で、10ペタは1016になり日本語の「京」に当たるので、この名前が付けられた。今回の「京」の記録は8.16ペタFlopsだ。では、今まで世界記録はどのように伸びてきたのだろうか?
初めて1ギガ(109)Flopsの壁を破ったのは1988年に登場したCray
Y-MPだった(b)。1テラ(1012)Flopsの壁は1996年に、米国のインテルとサンディア国立研究所が共同開発したASCI
Redによって破られた。そして、初めて1ペタFlopsを達成したのは、2008年に現れたIBMのRoadrunnerだ。このように、最近20年間のスーパーコンピュータの世界記録は、ほぼ10年に1,000倍のペースで伸びてきた。
現在、米国政府、日本政府、IBM、SGI、インテルなどはエクサ(1018)Flops級のスーパーコンピュータの開発計画を進めつつある。過去の実態を踏まえて、2018〜2020年を目標年度にしているものが多いようだ(c),(d)。
10年で1,000倍ということは、1年で2倍ということだ。これは、一つのスーパーコンピュータの世界トップレベルとの相対性能が、1年後には1/2になり、2年後には1/4になり、10年後には1/1,000になるということである。スーパーコンピュータはこのように、完成した途端に激しい陳腐化を余儀なくされるのだ。
全世界で激しい競争をしている研究・開発には、世界トップクラスに準じた性能のスーパーコンピュータが要求される。もしそれがトップと1桁以内の性能差だとすれば、世界一のスーパーコンピュータも4年後にはもう実用にならなくなるということだ。
そのため、たとえ世界一でなくても、世界トップクラスに準じた性能のスーパーコンピュータを継続的に使えることを望むユーザーも多いことだろう。それを実現するには、少なくとも4〜5年に1度は新機種を開発するか性能をエンハンスする必要がある。
エコシステムの形成
スーパーコンピュータは最先端の研究・開発に使われるだけでなく、部品の設計や販売データの解析など、幅広く使われるようになった。そのため、超高性能のものだけでなく、中小型で安価なものに対するニーズも大きい。そのため、スーパーコンピュータの製品群は、富士山のように、高いだけでなく裾野が広い山を形作っていることが要求される。
そして、コンピュータの世界では一つの山が一つのエコシステムを成す。IBMのメインフレームの山には、IBMのCPUとOSを中心にして、数多くの周辺機器メーカーやソフト会社、システム・インテグレータ、販売会社、データセンター業者などが生息している。
こういうエコシステムを形成しているのは、WindowsやMacのパソコンやサーバーも同じである。そしてユーザーは、一つのエコシステムの中では、上位機種や新機種に容易に移行できる。
では、スーパーコンピュータでは、このエコシステムはどうなっているのだろうか? 今年6月のTOP500によれば、83%は、IBM、HP、SGI、クレイの4社だ。これらはそれぞれ、ソフト開発のツール、並列演算化のツール、数値計算用ソフトなどを揃えて、独自のエコシステムを構築している。
同一エコシステムの中では、機種間の移行も容易で、研究者間でプログラムをお互いに交換することもできる。ユーザーにとっては、こういうエコシステムが充実しているか否かが非常に重要である。
ハードウェアの開発が先行して、アプリケーション・ソフトなどを含んだエコシステムの構築にその完成後1〜2年かかれば、スーパーコンピュータとして真に戦力になるときには、その価値は1/2〜1/4に落ちていることになる。スーパーコンピュータも、メインフレームやパソコン同様、エコシステムが事前に確立していて、新機種が直ちに戦力を発揮できるのが理想だ。
今回のTOP500によれば、全体の89%にX86系のCPUが使われ、またOSは全体の91%がLinux系だという。そのため、異なるエコシステムについても、お互いに極めて近く、共通に使えるツール類も多いのではないかと思う。したがって、これら多数派のエコシステムに極力近いことが望ましい。
ただ、トップレベルのスーパーコンピュータは、中小型機との共通性を犠牲にしても高性能を追求することが多い。また、並列演算の仕組みが機種ごとに違うため、機種ごとにプログラムの最適化を図る必要がある場合が多い。これはトップレベルを狙う以上やむを得ないが、こういう機種ごとの違いはソフトウェアで隠蔽され、極力自動的に処理されることが望まれる。
次号でもう少し今後の課題を取り上げたい(e)。
[後記]
上記の「ハードウェアの開発が先行して、アプリケーション・ソフトなどを含んだエコシステムの構築にその完成後1〜2年かかれば、スーパーコンピュータとして真に戦力になるときには、その価値は1/2〜1/4に落ちていることになる」は、残念ながら現実の問題になりつつあるようだ。下記(f)もご参照下さい。(2012/7/24)
[関連記事]
(a) "June 2011", Top500 (http://www.top500.org/lists/2011/06/#.U4kq8yhKRvo)
(b) "Cray History", Cray (http://www.cray.com/About/History.aspx)
(c) "IBM Achieves Record 10th Straight Number One Showing on TOP500 Supercomputer List", News releases, 23 Jun 2009, IBM
(http://www-03.ibm.com/press/us/en/pressrelease/27803.wss)
(d) "SGI, Intel plan to speed supercomputers 500 times by 2018", June 20, 2011, Computerworld
(e) 酒井 寿紀、「続・ポスト「京」の課題・・・ホモジニアスかヘテロジニアスか?」、OHM、2011年11月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1111ohm.htm)
(f) 酒井 寿紀、「『京』が真価を発揮するのはいつ?」、Tosky's IT Review、12/7/24
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2012/07/blog-post_24.html)
(g) 酒井 寿紀、「「議論の仕分け」が必要な「次世代スーパーコンピュータ」」、2009年12月5日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_05.html)
(h) 酒井 寿紀、「「次世代スーパーコンピュータ」の予算は復活したが・・・」、2009年12月20日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_20.html)
(i) 酒井 寿紀、「これでいいのか、次世代スーパーコンピュータ?」、OHM、2010年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1001ohm.htm)
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