home > Tosky's Archive >

 

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2011年9月号 掲載        PDFファイル

 

コバンザメは死なず?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

虎が野に放たれた!

前号の本コラムに、IBMのメインフレームのCPUだけを入れ替えるPCMPlug-Compatible Mainframe=コバンザメ)1970年代以降盛んになったと記した。しかし、状況は21世紀を迎えて激変した。

前号に記したように、1956年にIBMに下された同意判決がPCMを裏で支えてきた。しかし1996年に米国政府は、この同意判決を、5年の猶予期間を置いて最終的に2001年に完全に終了させると発表した。IBMにとっては、実に45年振りに足かせが外れたのである。虎が野に放たれたのだ(a)

そして、IBM2000年に、zシリーズという新しいメイフレームを発表し、そのオペレーティング・システム(OS)であるz/OSIBMCPU上でしか使えないことにした。この決定はPCMビジネスの可能性を根本から否定するものだ。

そして日立と富士通(1997年に、共同でPCM事業を進めてきたアムダールを買収)は、2000年に相次いでPCM事業からの撤退を表明した。

両社のPCMからの撤退には、ITの市場全体に対するメイフレームのウェイトの低下、zシリーズの64ビットアドレスに追従することの技術的困難さも大きく影響していると思われる。

こうして、19801990年代に繁栄した大型機のPCMビジネスは市場から消え去った。

 

新種コバンザメが出現!

ところがこれと前後して、汎用マイクロプロセッサを使ったCPU上で、「エミュレータ」というソフトによってIBMのメインフレームOSを動かす別種のPCMが続々と出現した。コバンザメの新種が現れたのだ。

その一つが、1999年にアムダールからスピンオフして設立されたPSI (Platform Solutions, Inc.)である。しかし、2006年にIBMは、エミュレータに必要な特許契約の更新を拒否した。その後両社はお互いに相手を告訴していたが、2008年にIBMPSIを買収してしまった。訴訟問題解決のために使われる最も手っ取り早い手段だ(b),(c)

また、FSI (Fundamental Software, Inc.)もマイクロプロセッサ用のエミュレータを提供していた。しかし、やはり2006年にIBMに特許契約を打ち切られ、これを継続できなくなった。

そしてT3テクノロジーズは、2000年以降、前記のFSIPSIのエミュレータを使った中小型のPCMを販売していた。しかし、これらのエミュレータが使えなくなり、T3PCMの新規販売が不可能になった。同社はIBMを米国およびEUで告訴している(d)

また、「Hercules」というエミュレータが1999年から無料で公開されていたが、2009年に、これをベースにした TurboHercules」という有料のソフトを提供する企業が設立された。同社もIBMを告訴している。

なぜこのような小型コバンザメが時を同じくして多数現れたのだろうか?

IBMは近年、中小型メインフレームの販売を止めてしまった。しかし、大型メイフレームのユーザーには、ソフト開発用やバックアップ用に、性能は低くてもよいが大型機と同じソフトを使えるシステムに対する要求がある。また、大企業の一部門や中小企業にも同様なニーズがある。

一方、エミュレータ方式を使うと、CPUの本来の実力より性能が1桁近く落ちるが、近年の汎用マイクロプロセッサの急激な進歩によって、それでもメインフレーム並みの価格/性能比を実現できるようになった。

このような状況から、エミュレータ方式の新種コバンザメが続出したのだ。

 

なぜ米国政府とIBMが豹変?

米国政府がIBMに対する政策を方向転換したのはなぜだろうか?

19501980年代にかけて、ITの世界で、米国政府の独禁法上の最大の関心事はIBMだった。しかし、1990年代以降、関心の対象はマイクロソフトからグーグルへと大きく移っていった。メインフレームの独占の弊害はもはや国家経済を揺るがすほどの問題ではないと判断したのだろう。

そして、今回のIBMの豹変は、政府のこの政策変更によるものだ。しかし、法的に許される限り、競争相手をつぶしてでも売り上げを増やそうとするのが株主に対する経営者の責任なので、IBMでなくても同様な手段に出ただろう。

それにしても、新種コバンザメはどれも生まれたての赤ん坊のようなもので、IBMの敵ではないのに、同社はなぜ全力を挙げてこれをつぶそうとしているのだろうか? それは、新種コバンザメが将来どんどん成長し、増殖することを恐れているためだと思われる。汎用マイクロプロセッサの性能は今後も向上するので、やがてエミュレータ方式の性能は大型のメインフレームにまで手が届くようになるだろう。そうなれば、この市場に大企業も参入してくる恐れがある。現に前出のPSIは、一時ヒューレット・パッカードが買収を検討したという。そのため、今のうちに叩き潰しておいた方が安全だというのがIBMの考えではなかろうか?

しかし、エミュレータ方式のPCMには前述のようなニーズがあり、これを排除することはユーザーの利益を損なう。そして、現在は米国政府以上にEUが独禁法違反に目を光らせている。また、新種コバンザメは、1匹では力不足なので、連携して活動している。したがって、コバンザメの生存をかけた闘争は今後もまだ続きそうだ。

 

[関連記事]

(a)  "Justice Department Agrees to Terminate Last Provisions of IBM Consent Decree in Stages Ending 5 Years from Today", JULY 2, 1996, (US) Department of Jusice

        (http://www.justice.gov/atr/public/press_releases/1996/0715.htm)

(b)  "IBM Sues Maker Of Intel-Based Mainframe Clones", 12/5/2006, InformationWeek

        (http://www.informationweek.com/ibm-sues-maker-of-intel-based-mainframe-clones/d/d-id/1049524?)

(c)  "IBM Alleviates a Problem by Buying Platform Solutions Inc.",

T3 files antitrust complaint against IBM in Europe", January 20, 2009, CNET

         (http://www.cnet.com/news/t3-files-antitrust-complaint-against-ibm-in-europe/)

   


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2011, Toshinori Sakai, All rights reserved