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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2011年5月号 掲載 PDFファイル
酒井 寿紀(Sakai
Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
ノキアがWindows
Phoneを採用
フィンランドの携帯電話端末メーカーのノキアは、Symbian
OSという独自のOSを使ってきた。そして、従来からの携帯電話だけでなく、スマートフォンの分野でも圧倒的なシェアを占めていた。ところが最近、新参企業にそのシェアをどんどん奪われている。ガートナーの統計によると、ノキアの全世界でのスマートフォンの販売台数のシェアは、2007年には63.5%だったが、2010年には37.6%に落ちてしまった。この間に、2007年6月に出荷を開始したアップルのiPhoneはシェアを2.7%から15.7%へと伸ばし、2007年にはまだ影も形もなかったAndroidが昨年は22.7%にまで成長した(a),(b)。
今後さらに成長が期待されるスマートフォンの市場でのこの状況は、ノキアにとってまさに危機的である。こういう状況の下に、昨年9月、マイクロソフトの幹部社員だったスティーブン・エロップ(Stephen
Elop)氏がノキアの新CEOに就任した。
この2月初めに、同氏が流した社内メモが報道された。同氏は言う。「ノキアの現状は、燃え盛っている北海油田のプラットフォーム上にいるようなものだ。このまま焼け死ぬか、リスクを犯して冷たい海に飛び込むか、いずれかしか道はない」
ここでプッラトフォームとは、Symbian
OSを核とするプラットフォームでもある。エロップ氏は、意を決して現在のプラットフォームから飛び降りようではないかと呼びかけたのだ(c)。
そして2月11日に、エロップ氏はマイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOと共同で両社の提携を発表した。今後、ノキアはスマートフォンにマイクロソフトのWindows
Phoneを使い、両社共同でこのOSの強化を図るという(d)。
なぜWindows
Phoneか?
最近はスマートフォンのOSにAndroidを使う企業がどんどん増えている。一方Windows系のシェアは、前記の統計で2007年には12.0%あったが、2010年には4.2%に減っている。したがって常識的には、Symbianを止めるならノキアもAndroidにするのが順当である。にもかかわらず、ノキアがWindows
Phoneを採用したのはなぜだろうか?
エロップ氏は前記のメモで言う。「今や機器単体の競争から、ハード、OS、アプリケーションなどを含んだエコシステムの競争へと変わった。そこでは自社独自のエコシステムを創造するか、いずれかのエコシステムに参加するかの選択になる」Androidのエコシステムは、サードパーティーのアプリケーションを使う世界であり、そこでのスマートフォンはコモディティ化され、熾烈な価格競争に陥る。エロップ氏は、こういう市場でノキアが台湾、韓国などの企業に勝つのは難しいと考えたのだろう。ノキアがスマートフォンの世界で生き残るためには、現在のSymbian上のアプリケーションを継承し、さらに成長させて、ノキア独自のエコシステムを築くしかないと判断したのだと思われる。
Androidを核にして独自のエコシステムを構築する方策もある。しかし、エロップ氏はその場合、今や隆盛を極める開発元のグーグルに対して影響力を及ぼすことは困難と考えたのだろう。それに対してWindows系の陣営は現在劣勢で、マイクロソフトも現状の打開を切望しているはずだから、ノキアの影響力を発揮できると考えたのだと思われる。もちろん、エロップ氏がマイクロソフトの内情を熟知していることも、本連携の重要な要因であろう。
しかし、この連携は最近のスマートフォンの市場では弱者連合である。果たしてうまくいくだろうか?
Windows Phoneの問題は?
ノキアにとって、Windows
Phoneの採用にもいろいろ問題がある。
まず、Windows
Phoneが全体としてどれだけ普及し、サードパーティーのソフトがどれだけ揃うかが問題だ。
今後はスマートフォンの市場も、現在のパソコンと同じように、限られた種類のプラットフォーム上で多種多様のサードパーティーのソフトが流通し、ユーザーはその中から自分に必要なものを選んで使うようになる。こういう市場で成功するには、多くのソフト会社にWindows
Phoneをプラットフォームとして採用してもらわなければならない。それには市場シェアが決め手になり、シェアが大きいプラットフォームにはソフト会社が多数寄ってくるが、シェアの小さいところは見向きもされない。前記のように、昨年のWindows系のシェアは4.2%で、これがノキアの採用によってどこまで増えるかが問題である。
そして、ノキアがWindowsファミリーの中でどこまで独自性を発揮するかが問題だ。エロップ氏は、「当社はWindows
Phoneエコシステムの中で差別化を図る。それには、カメラなどの独自技術やマイクロソフトとの特別な関係を活用する」と言っている。しかし、独自のエコシステムに力を入れれば、Windows
Phoneエコシステムが2つに分かれ、サードパーティーのソフトの品揃えや両エコシステム間の互換性に支障を来たす。一方、ノキアとしての独自性を捨て、Windows
Phoneエコシステムの一本化に力を入れれば、ユーザーにとってノキアを選択する意味が減り、台湾や韓国の安い製品でもよくなる。
いずれにせよ、もはや機器メーカーが1つのエコシステムを独占する時代ではなくなったのではないだろうか?
(http://deviceguru.com/android-now-number-two-in-smartphone-shipments/)
(b) "Gartner 2008 Smartphone Statistics", March 12th, 2009, Gartner (http://www.mobilephonedevelopment.com/archives/791)
(c) "Nokia CEO Stephen Elop rallies troops in brutally honest 'burning platform' memo?",
(http://www.engadget.com/2011/02/08/nokia-ceo-stephen-elop-rallies-troops-in-brutally-honest-burnin/)
(d) "Nokia and Microsoft Announce Plans for a Broad Strategic Partnership to Build a New Global Mobile Ecosystem", Feb. 11, 2011, Microsoft
(https://www.microsoft.com/en-us/news/press/2011/feb11/02-11partnership.aspx)
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