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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2011年4月号 掲載        PDFファイル

 

電子書籍の勝者は?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

ソニーとシャープが電子書籍を発売

ソニーは2006年以来、米国などでReader”という電子書籍端末を販売してきたが、昨年1210日にその日本語版を日本でも発売した。英語版同様、電子書籍専用の端末で、表示には6インチまたは5インチのEインクという電子ペーパーを使っている。通信機能はなく、パソコンでダウンロードした電子書籍をUSBインタフェースで転送して読む(a)

ソニーはこの端末の発売に合わせて、KDDI、凸版印刷、朝日新聞社と共同で「ブックリスタ」という電子書籍の配信会社を設立した。ここが発行したXMDF形式の電子書籍を“Sony Reader Store”というオンライン書店で購入してソニーのReaderで読む。ソニーは米国ではEPUBというファイル形式を採用しているが、日本ではシャープが開発したXMDFを採用した(b)12月中旬には1万冊強が登録されていたという。

同じ1210日に、シャープもGALAPAGOSという電子書籍端末を発売した。これは表示に10.8インチまたは5.5インチの液晶パネルを使う。OSAndroidで、実質は汎用タブレットPCに近いが、Androidは表に出さず、当面は電子書籍の専用端末として販売するようだ。電子書籍は無線LANで直接購入するか、パソコンで購入したものを専用ソフトで転送する。

シャープは本端末の発売に合わせ、ツタヤを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブと共同で、「TSUTAYA GALAPAGOS」という電子書籍の販売会社を設立した。電子書籍のファイル形式はシャープが従来から使用していたXMDFで、発売時に約24,000冊を揃えたという(c)

 

グーグルも電子書籍に参入

米国ではアマゾン、アップルなどの参入で電子書籍の市場が活性化しているが、126日にグーグルもこの市場に参入した。ただし、グーグルは電子書籍の販売だけで、端末は扱わない。

電子書籍は“Google eBooks”と呼ばれ、300万冊に近い無料の本と、数10万冊の有料の本が用意されていて、“Google eBookstore”というウェブ上の書店で買える。電子書籍はPDFのみか、PDFEPUB両方のファイル形式で提供され、WindowsMacのパソコン、Androidのスマートフォンやタブレット、iPhoneiPad、ソニーのReaderなどで読むことができる。

購入した本はグーグルのサーバーに置かれ、インターネットを介して読むことを基本にしている。そのため、いつでも別の端末で続きを読むことができるが、メモなどを書き込んでおくことはできない(d)

グーグルは、日本でも今年“Google eBooks”の提供を始めるということだ。

 

普及するための課題は?

では、これらの電子書籍が日本で普及するための課題は何だろうか? そして、どの電子書籍が本命なのだろうか?

(1) まず、「一つの端末であらゆる本が読めること」が望まれる。電子書籍業者の「おすすめ」の本だけを電子書籍で読んで満足する人は少ないだろう。電子書籍端末を使うなら、どの本もそれで読んで、そのメリットを生かしたい人が多いだろうが、端末を2台も3台も買うのはたまらない。また、今後は日本語だけでなく、英語の本も1台の端末で読みたい人が増えるだろう。

この点で、他社の本が読めないシャープやアマゾンの電子書籍端末には問題がある。できるだけ他社の電子書籍も読めるようにするべきだ。

(2) また、「一つの本がいろいろな端末で読めること」が必要だ。同じ本を、電車の中ではスマートフォンで読み、居間ではタブレットで読み、書斎ではデスクトップPCで読みたいという人も多いだろう。そして、1社の端末が販売中止になったとき、他社の端末で代替がきかないと困る。

グーグルやアマゾンの電子書籍はこの点に配慮しているが、シャープ、ソニー(日本)、アップルなどの電子書籍はこの点で問題がある。他社端末でも読めるようにするアプリケーション・ソフトを提供する必要がある。

(3) そして上記(1)(2)のためには、「フォーマットが統一されていること」が望ましい。ソニー(日本以外)、アップル、グーグルなどの採用により、欧米ではEPUBが事実上の標準になりつつある。従来、日本語の縦書きなどが扱えなかったため、日本ではEPUBは普及していないが、日本語の表記などを含んだEPUB 3.0の最終案が今年5月に発表される予定だ。電子書籍の事業者には、いつこの規格に切り替えるかが今後の課題になる。

(4) また、「安い本が大量に揃っていること」が不可欠だ。出版社が一部の本だけを「試行的に」電子書籍化しているような状況が続けば、電子書籍の本格的普及は望めない。

また、ソニーやシャープの電子書籍の価格を見ると、印刷物の半値以下の出版社もあれば、印刷物とまったく同じ価格のものもある。電子書籍は、紙、印刷、製本、運送、返本の廃棄などの費用が不要なので、その分安くできるはずだ。印刷物と10%も違わない値付けをしている出版社は、とても真面目に取り組んでいるとは思えない。こういう状態が続けばいずれ利用者に見放されてしまうだろう。

以上記したように、現在はどの電子書籍にも問題があり、改善が期待される。利用者を自社の閉ざされた世界に囲い込もうとする戦略、利用者の利便性を犠牲にして既得権の存続を図ろうとする方策は長続きしないだろう

 

[関連記事]

(a) 「軽量・コンパクトなボディで読書が手軽に楽しめる電子書籍リーダー リーダー ポケット エディションTM、リーダー タッチ エディションTM発売」、

   プレスリリース、2010年11月25日、ソニー (http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/201011/10-1125/)

(b) 「電子書籍配信事業準備株式会社が株式会社ブックリスタとして事業会社化」、2010年11月24日、ブックリスタ、ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社

          (http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201011/10-1124B/)

(c) 「シャープ、電子書籍端末「GALAPAGOS」を12月10日発売」、2010/11/29、Impress

          (http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20101129_410232.html)

(d)  "Discover more than 3 million Google eBooks fron your choice of booksellers and devices",

          (http://googleblog.blogspot.jp/2010/12/discover-more-than-3-million-google.html)

(e) 酒井 寿紀、「Eブックがついに離陸?」、OHM、2009年5月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0905ohm.htm)

(f)  酒井 寿紀、「電子書籍の残された問題は?」、OHM、2013年2月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2013/ar1302ohm.htm)

 


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