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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2011年3月号 掲載 PDFファイル
WintelからAndrarmへ?
酒井 寿紀 (Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
タブレットが雨後の筍(たけのこ)のように
タブレットPCとはパソコンの一種で、物理的なキーボードがなく、画面上でペンや指を使って入力するものである。過去にいろいろな製品が世に出ては消えて行ったが、2010年4月にアップルがiPadを発売して、一挙に市場に火がついた。
iPadの大成功の要因には、その製品自身の、マルチタッチのタッチパネルを使った洗練された設計もあるが、タブレットPCを受け入れる市場が近年成熟していたことが大きいと思われる。それには二つの面がある。
一つはスマートフォンの普及だ。スマートフォンは、ウェブや電子書籍の閲覧、ビデオの視聴、ゲームなどに使われるが、使う場所によってはもう少し大きい画面が欲しい場合もある。アップルのiPadもiPhoneの延長線上の製品であり、ハードもソフトもほとんど同じ作りで、同じようなアプリケーションが使える。
もう一つは、クラウドの流行で、クライアント側でソフトを実行する形態から、サーバ側からサービスの提供を受ける形態に移りつつあることだ。そのため、クライアント側に要求される機能・性能は減りつつある。
このような事情でタブレットPCの市場の隆盛が見込まれるため、多数の企業が2匹目のドジョウを狙ってこの市場に参入しようとしている。すでに、サムスン、シャープなどが製品を発売し、デル、モトローラ、ASUS(台湾)、東芝、パナソニック、ソニーなどが製品を発表したり、開発の意向を表明したりしている。では、この市場は今後どう展開するのだろうか?
AndroidとARMが主役
タブレットの市場へ参入を図っている企業は多いが、その製品は一皮向けば同じようなものだ。前記企業のうち、まだ明確にしていないパナソニックとソニー以外は、すべてOSにグーグルのAndroidを使い、ARM系のCPUを使っている。すでに販売している欧米の新興企業もほとんどそうだ。
現在、アップル以外のほとんどすべてのパソコン・メーカーが、マイクロソフトのWindowsとインテル系のCPUを使っていて、Wintelの独占と言われている。同じように、タブレットでは、アップル以外はAndroidとARM系CPUが主流になりそうだ。Wintelにならえば、さしずめAndrarmとでも言うことになる。では、なぜAndrarmなのだろうか?
Androidは元々スマートフォン用に開発されたOSで、Windowsに比べれば軽く、起動時間も短い。そして、グーグルは現在これをタブレットPCにも適したものに改良中である。その上、このOSは無料で使える。
ARMは、32ビットの固定長の命令とデータを扱うRISC
(Reduced Instruction Set Computer)で、構造が単純なため、半導体チップが小さくでき、したがって安い。また電力消費が少ないため、バッテリーで長時間使える。
そのため、スマートフォンにもAndroidとARMの組み合わせを使ったものが多い。モトローラ、ソニー・エリクソン、サムスン、LG、シャープ、東芝などのスマートフォンがそうだ。タブレットの出現でAndrarmの世界がスマーフォンからタブレットに広がったのだ。両者に明確な境界があるわけではないので、やがてこれは地続きの一つの市場になるだろう。
タブレットもコモディティ化
前記のようにOSとCPUは各社とも同じため、他の面で差別化を図ろうとしている企業が多い。その一つが電子書籍や映像の配信とタブレットを組み合わせて、特長のある世界を築こうという企てだ。しかし、電子書籍についても映像についても、一つの機器で各社のコンテンツが扱えることが望まれる。また一つのコンテンツは、時と場合によって、スマートフォン、タブレット、デスクトップ・パソコン、テレビなど、各社のいろいろな機器で閲覧・視聴したい。
1企業に囲い込まれた仕様に準拠したコンテンツや機器ではこういうことは実現できない。そのため、その普及には限界がある。これは、レコードとレコード・プレーヤー、CDとCDプレーヤーなどの関係を考えてみれば明らかだ。したがって、コンテンツの配信との組み合わせでタブレットの差別化を図るのはうまくいかない。
日本のパソコン市場での差別化もうまくいかなかった。1980年代に日本のパソコン・メーカーは差別化を図ろうとして、事実上の世界標準だったIBMのパソコンにはなかった日本語処理について、各社各様の工夫を凝らした。しかし、1990年代に日本IBMが開発したソフトだけによる日本語処理であるDOS/Vが一般化すると、それらはすべて廃れてしまった。
タブレットの差別化が困難だと、それはパソコンと同じようにコモディティ化する。つまり、同じような製品をいかに安く作るかの競争になる。そして、その主たる構成品は、CPU・メモリ・通信の半導体と液晶パネルであり、これらは競合他社と同じ市場からの購入品なので、低付加価値の業界で熾烈なコスト競争を演じることになる。
パソコンの初期には、それまでコンピュータとは縁がなかった企業が多数参入した。そして今回は、パソコンの市場ではマイナーな企業が多数タブレットに参入しようとしている。しかし、タブレットはパソコンの一種で、パソコンと同じ道を歩み出そうとしている。よく市場の将来を見極めないと、ひどい目に遭う恐れがある。
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