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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2011年2月号 掲載        PDFファイル

 

「クラウド」は2010年代の呪文?

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

  

クラウドはビジネス形態?

1月号の本コラムで米国のNIST(国立標準技術研究所)による「クラウド」の定義を紹介した。これは、クラウドの定義を明確にして議論の混乱を避けようとする有意義な企てだが、この定義が問題を抱えていることは1月号でも触れた。今回はこの問題を具体的に見てみよう。

クラウドの特長としてよくあげられるのは、クラウドを使えばコンピュータを自社で持つ必要がなくなり、クラウドの事業者からサービスを受ければよくなるということだ。会計上資産を減らして経費負担で済むようになり、軽量経営が実現できる。

クラウドの歴史をさかのぼると、1960年代のユーティリティ・コンピューティングの思想にたどり着く。これは、将来コンピュータが電力や水道のような公共サービスになり、いつでも必要なだけ使えるようになるだろうというものだった。こういう社会を実現するためには、電力について電力会社とその需要家があるように、クラウドの世界にはクラウドの提供者とそのユーザーが存在する必要がある。

クラウドのビジネス面でのもう一つの特長は、費用の負担が定額でなく、従量制になっていることだ。電力や水道の料金と同じである。

NISTは、その組織の性格上、技術的な面からのみクラウドを規定していて、ビジネス面での特長をその要件にあげていない。しかし、クラウドの最大の特長は技術面よりむしろビジネス面にあるという見方もできる。

 

プライベート・クラウドはクラウドではない?

1月号で、1企業がサーバーを専有するプライベート・クラウドはクラウドと呼ぶべきではないという意見があると記した。もし上記のように、サーバーを自社で持たないこと、費用が従量制になっていることをクラウドの要件に追加すると、プライベート・クラウドと呼ばれているものはクラウドに該当しないことになる。たとえクラウド事業者のサーバーを賃借しても、1企業専有なら、最近の会計制度の下ではユーザーの資産に計上する必要があり、会計上要件を満足しない。

また、プライベート・クラウドは、NISTの定義の「マルチテナント」(資源を多数のユーザーで共有できること)、「顧客要求の量的変動に即応」の要件を十分に満足するとは言えない。

これらの点から、現在プライベート・クラウドと呼ばれているものをクラウドに含めるのには問題がある。

NISTは、現在多数の企業によって使われている用語を否定するのは混乱を招くと考え、現状を追認してプライベート・クラウドもクラウドに含めたのだと思われる。

もちろん、企業内でパブリック・クラウドのよいところを取り入れるのは結構なことだ。その際の最大の狙いは、アプリケーションをウェブ・ベースにする点にあると思われるので、現在プライベート・クラウドと呼ばれているものは企業内のウェブ・ベース・システムとでも呼ぶのが妥当であろう。

 

専用ネットワークでパブリック・クラウドを利用

企業がパブリック・クラウドの採用を躊躇し、プライベート・クラウドの採用を進めようとする最大の理由はセキュリティに対する不安だ。問題が発生する場所はさまざまあるが、インターネットという公衆通信網を使う点がセキュリティ上の最大の問題である。

そのため、パブリック・クラウドで、インターネットのセキュリティを向上させる方法が検討されている。インターネットのプロトコルであるTCP/IPレベルで対策し、VPN (Virtual Private Network)という仮想的な専用ネットワークにするものや、アプリケーション・レベルで暗号化などによりセキュリティの強化を図るものだ。

これらは、パブリック・クラウドのメリットを生かし、かつ、その弱点であるセキュリティの改善を図るもので、今後のクラウドの一つの方向になると思われる。

 

「クラウド」は2010年代の呪文?

ITの歴史を振り返ると、厳密な意味が必ずしも明確でない言葉が時々大流行した。例えば、1970年代には「MIS (Management Information System)」という言葉が大流行したが、これは、従来給与計算などの実務に使われてきたコンピュータを、今後は経営の高度な意思決定にも使おうというものだった。また1980年代から1990年代にかけては「ダウンサイジング」という言葉が流行ったが、これは従来メインフレームを使っていた分野に、今後はUNIXのワークステーションやパソコンを使うべきだというものだった。

これらの流行語に対しては、解説書が多数現れ、雑誌の特集が組まれた。やがてこれらの言葉は「当たり前」になり、あまり使われなくなり、死語になっていった。共通して言えるのは、これらの言葉は漠然とした概念だったが、一時はこれを使わないと時代に乗り遅れると、メーカーもユーザーもやたらと使ったことだ。いわばITの歴史を1歩進める「呪文」のような役割を果たしてきた。

「クラウド」は2000年代から2010年代にかけてのこういう呪文の1つかもしれない。そうだとすると、過去の呪文と同じように、厳密な定義を要求してもあまり意味がない。他の呪文同様、大流行が収まり死語になったときに初めて、クラウドがITの世界の隅々まで浸透するのかもしれない。

 


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