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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2011年1月号 掲載        PDFファイル

 

米国政府のクラウドへの取り組み

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

まずクラウドの定義を明確化

前に本コラムでクラウドを取り上げ、言葉の使い方が不適当なため混乱を来たし、また、日本政府自ら混乱に輪をかけていると記した(1),(2)。では、米国政府はクラウドにどう取り組んでいるだろうか? 最近の動きを見てみよう。

オバマ大統領は、連邦政府のIT予算を一元的に管理する連邦CIO (Chief Information Officer)という役職を新設し、20095月にヴィヴェク・クンドラ氏が初代のCIOに任命された。同氏の下で、現在政府機関のITのクラウド化が推進されている。

具体的な推進項目の1つに、商務省配下のNIST (National Institute of Standards and Technology)という標準規格などの研究機関によるクラウドの定義の明確化がある。米国でもこの言葉の定義が定まっていないため、このまま推進すれば混乱を来たすと憂慮したのだろう。

NISTのクラウドの定義は、200910月の第15(3) が最新版である。本定義は、クラウドが満たすべき要件を5項目挙げ、クラウドが提供するサービスを3種類、クラウドのシステム形態を4種類に分類している。

この定義は抽象的な表現になっているため分かりにくいところがあり、また、研究者によって見解が分かれている問題もある。そこで、具体例や問題点も含めて概略をご紹介しよう。

 

クラウドの要件は?

クラウドは次の5つの条件を満たしていることが必要だという。

(1) サービス提供者の人手介入なしに、ウェブを使ってセルフサービスサービスを受けられること。

(2) パソコン、携帯電話などの各種の端末から、インターネットのTCP/IP、ウェブなどの標準規格のネットワーク経由でサービスを受けられること。

(3) サービス提供者の資源がマルチテナントになっていて、多数のユーザーで共用できること。したがって、1ユーザー専用のサーバーやソフトウェアを使うものはクラウドではない。

(4) 顧客要求の量的変動に即応でき、ユーザーには資源が無限にあるように見えること。

(5) 資源の使用状況を常時計測する仕掛けが設けられていて、資源の利用の最適化が図られていること。

これらの要件にはまだ議論の余地があるが、このようにクラウドの要件を明確にしようとする努力は重要である。それは、これらの要件を満たさず、クラウドのメリットを十分に発揮できないものをクラウドと称しているベンダーが多いからだ。

 

サービスの種類は?

サービスの種類には次の3種類があるという。

(1) SaaS (Software as a Service): アプリケーション・プログラム(AP)およびその実行に必要なハード、ソフトをすべてベンダーが提供するもの。

(2) PaaS (Platform as a Service): APは顧客が準備するが、その実行に必要なハード、ソフト(OS、データベースなど)はベンダーが提供するもの。

(3) IaaS (Infrastructure as a Service): ベンダーはハード(仮想的なハードを含む)のみ提供するもの。

これら3種の違いを区別しないでクラウドについて記述している記事が多いので注意を要する。

 

システム形態は?

次の4種の形態があるという。

(1) プライベート・クラウド:1組織内だけで使われるもの。サーバーがその組織内にあるものと外部からサービスが提供されるものがある。

(2) コミュニティ・クラウド:複数の組織(企業グループなど)によって使われるもの。これにも内部でサーバーを管理するものと外部からサービスが提供されるものがある。

(3) パブリック・クラウド:クラウドの事業者によって不特定多数のユーザーにサービスが提供されるもの。

(4) ハイブリッド・クラウド:上記3形態のクラウドのいくつかを組み合わせて1つのまとまった業務を行うもの。

この分類にも議論の余地がある。クラウドの中核をなすのはあくまでもパブリック・クラウドだ。その他のものはパブリック・クラウドのメリットを社内システムなどで生かそうとするもので、前記のクラウドの5要件を満たすとは限らない。そのため、プライベート・クラウドなどはクラウドと呼ぶべきでないという意見もある(a),(b),(c)

いずれにしても、この分類にはクラウドのユーザーの種別、サーバーの所有者の種別、サーバーの共用/専用の違い、ネットワークの種別などの要素がからまっているので、今後整理を進める必要があるように思う。

◇    ◇    ◇

クラウドの定義はあいまいで、まだ流動的だという認識が重要である。民間企業が宣伝文句で定義を適用拡大するのはしかたないが、政府やメディアはもっと定義に注意を払って議論の混乱を極力回避してもらいたいものだ。その点で、米国政府による定義の発表は、完璧とは言えなくても意義が大きい。

 

(1) 「『クラウド』と聞いたら眉に唾を!」, OHM, 20105月号、オーム社  (http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1005ohm.htm)

(2) 「国策SaaSの七不思議」, OHM, 201010月号, オーム社  (http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1010ohm.htm)

(3) “The NIST Definition of Cloud Computing”, NIST, 10-7-09  (http://csrc.nist.gov/groups/SNS/cloud-computing/)

  

[関連記事]

(a)  "Private Clouds Take Shape", 8/7/2008, InformationWeek  (http://www.informationweek.com/private-clouds-take-shape/d/d-id/1070793?)

(b)  "There's No Such Thing As A Private Cloud", 1/9/2009, InformationWeek

        (http://www.networkcomputing.com/cloud-infrastructure/theres-no-such-thing-as-a-private-cloud/a/d-id/1075465?)

(c)  "Just don't call them private clouds", January 27, 2009, CNET  (http://www.cnet.com/news/just-dont-call-them-private-clouds/)

(d) 酒井 寿紀、「クラウド」は2010年代の呪文?」、OHM、2011年2月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1102ohm.htm)

 


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