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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2010年8月号 掲載        PDFファイル

 

iPadが大人気だが・・・

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

iPad300万台を突破!

今年43日に、アップルが米国でiPadを発売し、発売後80日間で300万台売れたという。iPadは日本でも528日に発売され、当日は開店前の銀座のアップルの店の前に1,200人の行列ができたそうだ。

iPadiPhoneと同じOSを使った多機能端末で、ウェブの閲覧、メールの送受信などができる。画面サイズは9.7インチ(25cm)、重さは約700gで、スマートフォンと小型ノートPCの中間の位置付けだ。iPhone同様ハードウェアのキーボードはなく、マルチタッチのタッチパネルで操作する。

iPadはこのように汎用のポータブル端末だが、従来の電子書籍用端末に比べて画面が大きいので、特に電子書籍用として注目を集めている。アップルもiBookstoreという電子書籍の販売サイトを開設し、iPadにはiBooksという、電子書籍を購入・表示するソフトを用意した。米国での発売時に、ペンギン・ブックスなど大手出版社5社が参入を発表し、また日本でも講談社が参入を表明した。

米国では、200711月のアマゾンのKindleの発表以来、電子書籍の市場が急速に活性化した。同社は台数を公表していないが、Kindleの販売台数は累計200300万台と言われる。これに比べて、iPad3か月弱で300万台というのは驚異的な数字だ。

では、iPadは電子書籍の市場を征するのだろうか?

 

電子書籍の鎖国状態は解消へ?

本誌20093月号の本コラム「「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」(1) に記したように、従来電子書籍が普及しなかった最大の原因は、その提供元ごとにファイル形式が違ったためだ。好きな音楽を聴くためには、レコード会社の数だけCDプレーヤを揃えなければならないような状況だった。

米国では、電子書籍の大手提供元に、アマゾン、ソニー、バーンズ・アンド・ノーブル(B&N)、アップルがあるが、すべて異なる著作権管理方式を採用しているため、基本的には各社の端末で他社の電子書籍は読めなかった。

ところが、B&Nが今年3月にiPadで同社の電子書籍を読むソフトを発表し、また同月、韓国のサムスンがB&Nの電子書籍を読める端末を発表した。そして、B&Nは今後iPhoneほか、他社の端末でも同社の電子書籍を読めるようにすると表明した。

また同月、アマゾンもiPadで同社の電子書籍を読むソフトを発表した。従来からパソコンやiPhoneでも読むことができたが、新たにiPadでも読めるようにするという。また同社はKindleで、第三者によるアプリケーション・ソフトの開発を可能にすると発表した。この機能によってKindleでも他社の電子書籍が読めるようになる可能性がある。

そしてグーグルは、近々グーグル・エディションという電子書籍の提供を始めると言われている。これは標準のブラウザを使って読むので、一般のパソコン、スマートフォンのほか、KindleiPadでも読めるという。

このように、この3月以来、電子書籍の企業間の壁は急速に崩れつつあり、従来の鎖国状態は解消に向かっている。しかし、アップルやソニーの電子書籍には現在のところこういう動きはなく、流れに取り残される恐れもある。

 

今後の問題は?

まず、規格が異なる電子書籍を読むために、それぞれ専用のハードウェアが必要かという問題がある。アマゾンやB&Nは、iPad用のソフトで、両社の専用端末で読むときと同等のことができると言っている。これがユーザーに認められれば、各社専用の端末の必要性は減る。

次に、電子書籍のリーダは、グーグルの試みのように、ブラウザだけで実現可能かという問題がある。ソフトだけで実現できるなら、ブラウザだけでも実現できる可能性が高い。もしそうなら、一般のスマートフォンやタブレットPCでも電子書籍が楽に読める。

電子書籍用に要求される機能には、Kindleで使われているEインクなど、明るい屋外でも見やすい表示技術があるが、このニーズは何も電子書籍に限らないので、一般のスマートフォンやタブレットPCのメニューにも取り入れられるのではなかろうか?

これらの問題がどうなるかにもよるが、いずれにしても、今後、電子書籍用端末と電子書籍はそれぞれ独立した市場を形成するようになると思われる。CDプレーヤとCDが独立した市場を形成しているのと同じだ。現在、ヒューレット・パッカード、デル、東芝、シャープなどが電子書籍用端末やタブレットPCに参入すると言われているが、これらの中には電子書籍の販売には手を出さないところも出るだろう。また、この市場には台湾メーカーなどが多数参入してくるものと思われる。端末の品揃えが増え、競争の激化で価格が下がることは喜ばしいことだ。

一方、アマゾンやB&Nは、今後は電子書籍自身の販売に注力するようになる可能性がある。前記のようにすでにその兆候が表れている。ただしその場合、電子書籍は逆ザヤでも、端末で儲ければいいという従来のアマゾンのビジネスモデルは見直す必要がある。

このように電子書籍の市場には未知の領域が多く、各社はビジネスを模索している状況なので、現在iPadが脚光を浴びているといっても、電子書籍の市場が成熟するにはまだまだ紆余曲折がありそうだ。

 

(1) http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0903ohm.htm

 


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