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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2010年5月号 掲載 PDFファイル
「クラウド」と聞いたら眉に唾を!
酒井 寿紀(Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
クラウドにもいろいろ
「クラウド」が大流行している。ITの専門誌だけでなく、一般の新聞・雑誌にもしばしば登場する。しかし、この言葉の定義は明確なのだろうか? そして、クラウドの利点とされているものは、果たしてクラウドでしか実現できないものなのだろうか?
クラウドにもいろいろある。一つはインターネットを介してアプリケーション・プログラム(AP)を提供するサービスで、SaaS (Software as a Service:サース)と呼ばれる。
もう一つは、やはりインターネットを介して、CPU、OSなど、データ処理に必要な資源を時間貸しするものだ。このうち、データベース等も用意したものはPaaS (Platform as a Service:パース)と呼ばれる。この仲間には、仮想的なCPUだけ貸すものなどいろいろなレベルのものがあるが、ここではPaaSで代表させる。
クラウドだと開発期間が短い?
「クラウドだとソフト開発が不要」、したがって「クラウドだと開発期間が短い」という話がいたるところに登場する。しかし、ソフト開発が不要なのはSaaSであって、PaaSの場合はAPの開発が必要だ。クラウドの事業者の中には、すぐ使えるAPがなくても、カスタマイズ可能なAP、APの各種雛形などを揃えているところもある。これも広い意味でのSaaSと言える。
PaaSでも、機器の調達やOSのインストール等は不要になるので、これらを自前で揃える場合に比べれば開発期間が短縮される。しかしその時間は、一般にAPの開発期間に比べればわずかである。したがって、開発期間が大幅に短縮されるのは広い意味でのSaaSを活用したときだ。
そして、SaaSで開発期間が短縮されるのは、APが開発済みだからだ。これはパッケージソフトの利点と同じである。両者とも「オーダーメイド」でなく「既製服」で、その提供方法が違うだけなので、その利点も共通だ。
クラウドだと安い?
「クラウドを使った方が自社で設備を持つより安い」という話もよく聞く。確かに、自社で用意するときは、ピーク時の処理量をさばくだけの設備が必要になり、通常は遊んでいる設備が多い。一方、SaaSを使えば、SaaSのベンダーは多数の顧客に対応しているので、業務の繁閑を平準化でき、遊休設備は少なくなる。そのため、SaaSのベンダー側、ユーザー側を合わせたコストは一般に低減する。
しかし、ユーザーが負担するコストが安くなるかどうかはベンダーの価格設定次第だ。大量のデータ処理が定常的にあるなら、自社で設備を持った方が有利なこともある。
クラウドは持たざる経営?
クラウドは「持たざる経営」で、設備投資が不要で経費負担だけで済み、軽量経営が実現できると書いてある記事もある。これはSaaSについてもPaaSについても言える。
近年「アウトソース」が流行っている。コア事業に経営資源を集中して、非コア事業は外部に委託するものだ。クラウドはアウトソースの一種で、「持たざる経営」の上記の利点はアウトソース全般に当てはまる。
ITの世界には「ホスティング」という、インターネットで使われるサーバーの運営を受託する事業が以前からある。またデータセンターの受託業も前からある。これらも「持たざる経営」の利点を狙ったものだ。
クラウドはウェブを使うもの?
「クラウドはウェブを使う、したがってクライアント側にはブラウザだけあればよい」という記述もある。しかし、ウェブを使い、端末側はブラウザだけでデータ処理を行うものは「ウェブ・アプリケーション」と言われ、飛行機の予約、オンライン・ショッピングなど多数ある。
SaaSもPaaSもウェブ・アプリケーションの一種と言えるが、これらはそのユーザーにサーバーの資源自身(CPU、AP等)を提供することを目的とする。一方、例えば飛行機の予約サービスは、予約する人に座席予約のソフトを使ってもらって、飛行機の座席を販売する。この場合はAPの提供は手段であって目的ではない。
クラウドは雲をつかむような話!
このように、クラウドといってもSaaSとPaaSでは大きく違うにもかかわらず、両者を区別せずにただクラウドと言うことが多い。それが一般の新聞・雑誌だけでなく、IT専門誌やIT企業の社長なので始末が悪い。
クラウド(Cloud)には明確な定義がなく、文字通り雲をつかむような言葉で、他の言葉では言い表せないような新概念でもない。こういう、あいまいで使わずに済む言葉は、できれば世の中から退場してもらいたいものだ。使うのであれば、定義を明確にし、その特長としては、他のものにはない固有の特長をあげてもらいたい。
しかし、今や全世界で使われているので、それを望むのは困難だ。また、クラウドがITの大きな潮流で、革命を起こすには、言葉の意味が明確であろうとなかろうと、「スローガン」が必要なのも事実だ。
そのため、「クラウド」を目にしたら、読む側が、筆者が何を念頭においているかを推測し、その特長としてあげられているものは、実は従来からあるシステム形態やビジネス形態の特長と同 じではないかと疑ってみる必要がある。
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「米国政府のクラウドへの取り組み」、OHM、2011年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1101ohm.htm)
(b) 酒井 寿紀、「「クラウド」は2010年代の呪文?」、OHM、2011年2月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1102ohm.htm)
(c) 酒井 寿紀、「「クラウド」、世界を覆う」、エムエスツデー、2012年7月号、エム・システム技研
(http://www.toskyworld.com/archive/2012/ar1207mstoday.htm)
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