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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2010年4月号 掲載 PDFファイル
NTTは光アクセス網を開放すべき!
酒井 寿紀(Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
2020年に全世帯にブロードバンドを!
原口一博総務大臣が昨年12月「原口ビジョン」を発表した。それは、2020年までにブロードバンドを全世帯に普及させることを目標の一つにしている。ブロードバンドのインフラストラクチャを整備し、全国民がそれを行政サービス、教育、医療などに活用することによって、経済を活性化し、日本の国際的地位を高めようというのである(a)。
ガートナーの統計によると、2008年末の日本のブロードバンドの世帯普及率は57%で、世界第16位だという(b)。原口ビジョンは、これを2020年までに100%に持っていこうというのだ。
資源が少ない日本としては、国際的地位を保つには得意な技術力を生かすしかない。それには情報通信技術の活用を図るべきだという原口ビジョンの着眼点は正しいと思う。
総務省の統計によると、2009年6月末時点での日本のブロードバンドの契約数は3,100万で、その51%の1,600万が光ファイバ、35%の1,100万がDSLで、残り14%がケーブルテレビ等を利用したものである。
このうちDSLは2005〜2006年の1,500万をピークにして減りつつあり、現在急速に増えているのは光ファイバだ。したがって、今後ブロードバンドの中心になるのは光ファイバである。ではどういう方法で、現在まだ1,600万の光ファイバを、今後10年間に5,000万近くまで持っていったらいいのだろうか?
光アクセス網は一つで十分!
何ごとも、1社による独占は価格の高止まりやサービスの低下を招くので好ましくない。しかし一方、光アクセス網の敷設で複数の企業が競争を始め、各社が全国に独自の光ファイバを張り巡らしたら、社会全体としては大変無駄な投資になり馬鹿げている。光アクセス網はやはり電気やガスと同様な社会インフラの一つと考え、大都市圏以外では1地域については1社がカバーし、他社はそれを活用すべきだろう。
それには民間企業の自由競争にゆだねるのでなく、電気・ガスなどと同様に政府の介入が必要になる。また、採算性の悪い僻地も含めて100%の世帯普及率を達成し、ユニバーサル・サービスを実現するためにも政治的配慮が欠かせない。
そして、他社にアクセス網を提供する事業者がそれを使ったサービスも兼業すると、その企業からアクセス網を借りてサービスを実施する企業と同一条件の下で競争することが難しくなる。そのため、これら二つの事業は分離する必要がある。
現在、日本の光アクセス網の70%以上をNTTグループが占めているので、実際問題としてはNTTのこの部門の分離とその光アクセス網の他社への開放が課題になる。
海外では?
他の国にも政府が光アクセス網の開放を進めているところがある。
シンガポール政府は2005年から、「iN (Intelligent Nation) 2015」という、2015年までに全世帯に光ファイバを敷設する計画を推進している。2008年に、光ファイバ網を提供する事業者としてシンガポール最大の通信事業者であるシンガポール・テレコムを含むグループが選ばれた。一般家庭用の光ファイバを15シンガポール・ドル/月(約1,000円/月)で卸すという提案が評価されたようだ(c)。また、この光ファイバ網にルーター等の機器を接続してブロードバンド網として提供する事業者には、携帯電話とケーブルテレビの事業者であるスターハブ(StarHub)の子会社が選ばれた。
一方、英国政府は2005年に、英国最大の通信事業者であるBTと協議し、BTのアクセス網の事業がオープンリーチ(Openreach)という独立した組織に分離された(d)。ここがADSLや光接続のサービスをインターネット接続や映像配信の事業者に提供している。
貸ビル業は成り立たない?
こいう動きに対して現在NTTは何と言っているだろうか? 「日経コミュニケーション」2010年1月1日号のインタビューで、同社の三浦惺社長は、アクセス網とそれを使ったサービスを構造分離すべきとの指摘に対して次のように言っている。「設備だけ持ってサービスを持たない会社は、投資インセンティブは働かないし、企業としての性格を持てなくなる。イノベーションが起こらずに、結果として効率が悪い会社になってしまう」
同氏は設備の提供だけでは事業が成り立たないと言う。しかし世の中には、例えば貸ビル業など、もっぱら設備の提供を事業としている企業もある。彼らはビルを貸すことによって儲けようと積極的に設備投資をしているし、魅力あるビルを用意してテナントをひきつけようと頭をひねっている。設備の提供も立派な事業だ。
同氏の意見は、既得権益を極力守ろうとする民間企業の社長としては、ある意味では当然で、同氏は株主や社員には頼もしい存在なのだろう。声を大にしてこれに異を唱えているKDDIの小野寺正社長などの発言は、劣勢になった試合の途中で選手がルールの変更を訴えるようなものなので、たとえ正当な主張であっても、どうしても説得力に欠ける。
戦いの当事者の意見も聞き、最終的にはそれに振りまわされることなく、長期的視野からルールの変更を実施しなければならないのは第三者である政府だ。原口総務大臣に原口ビジョンを現実のものにする施策を期待したい。
[関連記事]
(a) 「2010年中にICT関連規制を集中見直し,総務相が「原口ビジョン」発表」ITpro、2009/12/22、日経BP
(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20091222/342509/?ST=network)
(b) "Gartner Says One in Five Households Worldwide Will Have a Fixed Broadband Connection by End of 2009", September 28, 2009, Gartner
(http://www.gartner.com/newsroom/id/1189323)
(c) "Singapore's Next Generation National Broadband Network To Be Nationwide by 2012", 26 Sep 2008, Infocomm Development Authority of Singapore
(https://www.ida.gov.sg/About-Us/Newsroom/Media-Releases/2008/20080926174755)
(d) "BT secures new deal with Ofcom", 22 Sep 2005, The Register (http://www.theregister.co.uk/2005/09/22/ofcom_new_deal/)
(e) 酒井 寿紀、「通信事業者 vs. ケーブルテレビ会社・・・トリプルプレイの勝者は?」、OHM、2009年10月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0910ohm.htm)
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