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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2010年1月号 掲載 PDFファイル
これでいいのか、次世代スーパーコンピュータ?
酒井 寿紀(Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
汎用マイクロプロセッサが主流
毎年6月と11月に、「TOP500」という世界中のスーパーコンピュータの上位500システムの番付が発表される。2009年の11月版が昨年11月16日に発表された。(1) 現在文部科学省が進めている「次世代スーパーコンピュータ」は、「事業仕分け」で見直すことになったが、はたして世界の現実の姿を踏まえたものになっているのだろうか?
以前はスーパーコンピュータ専用に開発したプロセッサを使ったシステムが多かったが、最近は汎用のマイクロプロセッサを使ったものが多い。上位500システムでは、インテルのX86系(AMDを含む)が88%、IBMのPower系(Blue Gene、Roadrunnerを含む)が10%で、そのほかは2%に過ぎない。上位30システムに限れば、X86系が24(80%)、Power系が6(20%)で、そのほかは皆無である。つまり、最近開発された上位のスーパーコンピュータは、すべてこれら2種のマイクロプロセッサを使っている。
IBMのシステムの中にはPower系のプロセッサをコアとして一つのLSIに詰め込んだものもあるが、他社のスーパーコンピュータは、IBMやインテル/AMDからマイクロプロセッサを買ってきて組み立てたものだ。
今回のTOP500では、中国の国防科学技術大学が開発したスーパーコンピュータ、ロシアのT-プラットフォームズという企業が開発したもの、中国の曙光(シューガン)という企業が開発したものが上位20までに入っている。こういう新興国でもスーパーコンピュータが開発できるようになったのは上記のような理由からだ。
これからは、パソコンやサーバーと同じように、スーパーコンピュータの世界でも汎用マイクロプロセッサをいかにうまく使いこなすかが重要になる。スーパーコンピュータといえども、専用のLSIを開発するより、汎用マイクロプロセッサの圧倒的な生産量とプロセス技術の進歩のタイムリーな適用を活用した方が得策なのだ。
そして、汎用マイクロプロセッサを使ったスーパーコンピュータの中核をなすLSIは米国企業の製品なので、それを使った装置が日本製とか中国製であることを標榜する意味は限られる。
Power系のスーパーコンピュータは、前記のように、上位500システムでは10%だが、上位10システムでは半分を占める。しかし、同じPower系といっても、上位の8台のPower系は、すべて一つのLSIの中にPowerをコアとして埋め込んだものだ。今後のスーパーコンピュータではこういうマルチコアの技術が重要になる。
SPARCはどうなる?
「次世代スーパーコンピュータ」はSPARC系のプロセッサを使うという。これは現在どういう位置付けだろうか?
1990年代には、汎用のマイクロプロセッサより、サン・マイクロシステムズのSPARCなどRISCプロセッサの方が優勢で、SPARC系は2000年頃には上位500システム中の100システム以上で使われていた。しかし、今世紀に入って徐々に減り、2009年11月には、SPARC系は富士通の2システムだけになった。SPARCも現在マルチコア版の開発に力を入れているが、まだTOP500には登場していない。いまや少数派となったSPARCがマルチコア版で返り咲くことができるかどうかは未知数である。
スーパーコンピュータでSPARCの稼働台数が減れば、アプリケーション・ソフトのベンダが敬遠するので、ソフトの品揃えに支障を来たす。
また、スーパーコンピュータのプログラムは、プロセッサの性能をフルに引き出そうとするため、肝心な部分についてはプロセッサの構造に依存したものなる。そのため、SPARCを使ったスーパーコンピュータが少ないと、他の計算センタを使うときプログラムの書き直しが必要になることが増える。また、もし将来SPARCがなくなるようなことがあれば、プログラムの全面的書き直しを余儀なくされる。
性能が3年で7倍に!
最近9年間のTOP500の第1位のスーパーコンピュータの性能の伸びを3年ごとに見ると、最初の3年が7.27倍、次の3年が7.82倍、最近の3年が6.27倍で、単純に平均すれば7.12倍である。今後もこのペースが続くとすれば、3年後の2012年11月には12.5ペタFlops(1京2,500兆演算/秒)になる。
2012年完成目標の次世代スーパーコンピュータの目標性能は10ペタFlopsだ。競争相手次第だが、これでは世界一になれないかもしれない。たとえ運よく世界一になれたとしても、トップの座は長くは続かないだろう。
◇ ◇ ◇
スーパーコンピュータは今後の科学技術の進展に不可欠である。したがって、スーパーコンピュータを研究や開発に使いこなすソフトウェア技術には政府も力を注ぐべきだと思う。しかし、スーパーコンピュータのハードウェアはその道具に過ぎず、それは、パソコンなどと同じように、全世界で共通に使われるIT製品の一つだ。こういうIT製品は、パソコンや携帯電話などと同じように、世界の主流になったものしか生き残れない。世界のトップクラスのシェアを獲得するか、しからずんば死かの二者択一の世界なのだ。
「次世代スーパーコンピュータ」の見直しに当たっては、こういう現実をよく踏まえて判断してもらいたいものだ。
(1) “TOP500 Supercomputer Sites” (http://www.top500.org/)
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「「議論の仕分け」が必要な「次世代スーパーコンピュータ」」、2009年12月5日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_05.html)
(b) 酒井 寿紀、「「次世代スーパーコンピュータ」の予算は復活したが・・・」、2009年12月20日、Tosky's IT Review
(http://toskysitreview.blogspot.jp/2009/12/blog-post_20.html)
(c) 酒井 寿紀、「ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ」、OHM、2011年10月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1110ohm.htm)
(d) 酒井 寿紀、「続・ポスト「京」の課題・・・ホモジニアスかヘテロジニアスか?」、OHM、2011年11月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1111ohm.htm)
(e) 酒井 寿紀、「10年で1,000倍に! スーパーコンピュータの性能
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