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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2009年12月号 掲載        PDFファイル

 

 

手綱を緩めた米国政府・・・インターネットの管理

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

ついに手綱を手放す!?

米国商務省とICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers:インターネットを管理する民間団体)は、20099月末に、“Affirmation of Commitments”(合意事項の確認)を締結したと発表した(a)。インターネットの管理は101日以降全面的にICANNに移管されるという。これは何を意味するのだろうか?

インターネットは米国の国防省の研究機関で1960年代に開発されたため、もともと米国政府の管理下にあった。1998年に、当時の民主党のクリントン政権の下で、ICANNが設立されて民間への移行が進められた。当初移行期間は2年の予定だったが、共和党のブッシュ政権下で何回も延期され、最近は20099月末に移行を完了する予定になっていた。

この間、本年1月号の本コラム「手綱を手放さない米国政府」で触れたように、インターネットの管理についていろいろな問題が発生した。

2005年にEUが中心になって、国連配下の機関への移管が提案されたが、これに対して米国国務省のデビッド・グロス通信情報担当大使が猛反対し、従来通り米国政府の下でICANNが管理すべきだと主張した。

2008年にはICANNが、2009年以降の計画として、ルートサーバーの管理の米国政府からICANNへの移管を検討課題としてあげた(b)。しかし、当時の米国商務省の通信情報担当のメレディス・ベイカー次官補代理はこれを断固としてはねつけ、将来とも現管理体制を変更するつもりはないと表明した(c)

前記のコラムには、「オバマ政権の成立で米国の世界戦略が見直され、インターネットに対する政策にも何がしかの変化があるかもしれない。いずれにしても、米国の一国主義は今後変わらざるを得ないと思われる」と記した。しかし、前記のような状況のため、移行期間が再延長されるのではないかという危惧もあった。ところが、今回、移行契約が切れる当日になって、11年間続いた移行期間の完了が発表された。一体何があったのだろうか?

 

手綱を握り締めていたのに、なぜ?

共和党のブッシュ政権から民主党のオバマ政権への移行に伴い、国務省の長官が代わり、通信情報担当大使も代わった。商務省でも長官、通信情報担当の次官補、次官補代理が交代した。オバマ政権は現在、ブッシュ政権の一国主義(unilateralism)を見直し、多国主義(multilateralism)へと大きく舵を切っている。新任者はオバマ政権の政策実現のために人選された人達なので、インターネットの管理も多国主義の方向に向かったのだと思われる。

そして、20095月、EUのビビアンヌ・レディング情報社会・メディア担当委員がインターネットの管理についてEUの見解を表明した。「インターネットの管理は、この9月に、新しい、より明快で、より民主的で、より多国主義的な形態に変更すべきだ。オバマ大統領は、そのために必要な勇気と知恵を持ち、インターネットの国際性について認識していると信じる。世界中で何億という人達に使われているインターネットが一つの国の政府によって管理されるということは、長期的には考えられない(d)

 

今後の問題は?

では、今回の米国政府の決断でインターネットの管理の問題は一件落着するのだろうか? 問題はそう単純ではない。

インターネットのIPアドレスの割り付け、ドメイン名の最上位部分の管理、ルートサーバーの管理は、歴史的背景から、ICANNへの移管とは別の契約で米国商務省がICANNに委託していて、現在の契約は20118月まで継続する(e)。ルートサーバーの管理の移管を商務省が拒否した根拠はこの契約だ。 

また、ドメイン名の管理をICANNはベリサイン社に委託しているが、この委託契約には商務省が関与している。現契約が切れるのは2012年だ(f)

そして、ICANNはカリフォルニア州の州法に基づく団体なので、ICANNがらみの訴訟はカリフォルニアの裁判所で裁かれる。

このように、今回の「確認」だけでは、ICANNが完全に米国政府の手から離れるわけではない。

そして、ブッシュ政権がICANNの米国政府からの独立に反対した理由が消え去ったわけではない。それは、多国主義になればものごとの決断が遅れてインターネットの運営に支障を来たし、また、非民主的国家の不当な介入に振り回される恐れがあることである。

したがって、今後各国政府の要望をいかに適切にICANNの運営に反映させるかが大きな問題である。この問題に対し、EUのレディング委員は、インターネットの管理について協議しICANNに提案する、12か国の政府による「インターネット管理のためのG12」の設立を提案した。しかし、今回の「確認」ではICANNの既存のGAC (Government Advisory Committee)の位置づけを見直してこの問題に対応することになった。しかし、GACICANNの運営について強制力を持たないため、従来の米国政府に代わって「おもし」としての役割を果たせるか疑問である。

いずれにしても、今後のインターネットにとって多国主義化は避けて通れない。今回の米国政府の決断はその第一歩だ。防衛問題などとともにインターネットの管理についても、日本は米国の多国主義化に対応していく必要がある。

 

[関連記事]

(a)  "ICANN CEO Talks About the New Affirmation of Commitments", 30 September 2009, ICANN

         (https://www.icann.org/news/announcement-2009-09-30-en)

(b)  "Transition Action Plan", 16 June 2008, ICANN  (http://archive.icann.org/en/jpa/iic/action-plan.htm)

(c)  "Dear Chairman Dengate-Thrush", July 30, 2008, United States Department of Commerce

(d)  "Internet Governance: EU Commissioner Reding calls for full privatisation and full accountability of ICANN as of 1 October", 4 May 2009, European Commission

        (http://europa.eu/rapid/press-release_IP-09-696_en.htm)

(e)  "United States Department of Commerce Executes Contract for Technical Management of the Internet with ICANN", 15 Aug 2006, ICANN

        (https://www.icann.org/news/announcement-2006-08-15-en)

(f)  "ICANN, VeriSign .com Agreement Wins DoC Approval",  2006-12-20, Web Hosting News

        (http://webhosting.devshed.com/c/a/Web-Hosting-News/ICANN-VeriSign-com-Agreement-Wins-DoC-Approval/)

(g)  酒井 寿紀、「インターネットの舞台裏」、エムエスツデー、2007年10月号、エム・システム技研

        (http://www.toskyworld.com/archive/2007/ar0710mstoday.htm)

(h) 酒井 寿紀、「管理・運営体制が問われる これからの「インターネット」」、OHM、2006年2月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0602ohm/ar0602ohm.htm)

(i)  酒井 寿紀、「ICANNが「I CAN!」と言える日」、Computer & Network LAN、2004年9月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2004/0409icann.htm)

   


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