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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2009年8月号 掲載 PDFファイル
IT界の異端児、中国!?
酒井 寿紀 (Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
携帯電話に独自規格を採用
近年中国では、ITの規格について国際標準に逆らう動きが目立つ。
その一つが携帯電話だ。
第二世代の携帯電話では、日本など一部の国を除いて、GSMとCDMAが世界の主流だ。第三世代では、GSMの後継のW-CDMAとCDMAの後継のCDMA2000が主流である。そして現在、第四世代の携帯電話はW-CDMAの後継のLTEという規格が全世界の標準になる方向だ。
では、中国はどうか? 中国の通信会社は、政府によって2008年5月に3社に再編された。第二世代の携帯電話については、中国移動と中国聯通がGSM、中国電信がCDMAと、国際標準の規格を2社で分担している。そして2009年2月、これら3社に第三世代の携帯電話の免許が交付された。中国聯通にはW-CDMA、中国電信にはCDMA2000と、それぞれ第二世代の後継規格の免許が与えられた。ところが中国最大の携帯電話事業者である中国移動には、TD-SCDMAという中国独自規格の採用が義務付けられた。
TD-SCDMA (Time Division - Synchronous Code Division Multiple Access)とは、W-CDMAなどと同様にコード分割によって多重化する無線通信の規格で、W-CDMAとの主な違いは、上りと下りの通信を周波数分割でなく時分割で実施する点である。時分割の方が、上りと下りの通信量が違うとき、周波数帯域を効率よく使えるという利点がある。
中国政府は2006年から本規格の実用化を推進してきた。当初の計画よりかなり遅れたが、2008年には8都市で商用試験サービスが始まった(a)。
このように、中国では第三世代の正式認可は今年に入ってからで、その本格的な普及はこれからである。それにもかかわらず、中国移動は2008年10月に、第四世代にTD-LTEという国際標準のLTEのTD(時分割)版を採用すると発表した。2010年に試験ネットワークの構築を開始するという(b)。
光ディスクも独自規格
DVDの次世代の光ディスクの規格については、ソニーを中心とするブルーレイと東芝を中心とするHD DVDが、世界中の機器ベンダーやコンテンツ・プロバイダを巻き込んで熾烈な主導権争いを繰り広げた。この戦いは、2008年2月に東芝がHD DVDから撤退して、一件落着と思われていた。
ところが中国でHD DVDをベースにした独自規格が2007年9月に正式に発表され、これはその後CBHD (China Blue High-Definition)と呼ばれるようになった。そしてこの規格は2008年6月に、国際的な組織であるDVDフォーラムによって承認され、今年に入って本規格に準拠するプレーヤが発売された(c)。
独自規格の行く末は?
ここには携帯電話と光ディスクの例をあげたが、独自規格の推進はこれらにとどまらない。AV信号の圧縮技術などについても独自規格採用の動きがある。中国政府は現在推進中の5か年計画で「自主創新」をスローガンに掲げ、独自技術の育成、独自規格の制定に力を入れている(d)。それは、外国へのライセンス料の流出を抑制するためもあるが、それだけでなく、IT関係の技術の根幹をすべて外国に押さえられると、国家の安全上も問題だという考えによるのだろう。
中国の人口は13億人で、日本の約10倍であり、世界の人口の20%を占める。これはEU27か国と北米を合わせた8.4億人よりはるかに多い。現在中国の携帯電話の加入者数は約6.7億人で、全世界の加入者数を40億人程度とするとその17%だ。しかし、中国の携帯電話の普及率はまだ50%程度なので、全世界に占める中国市場の比率は今後さらに増えると思われる。
このように中国市場は大きいので、たとえ独自規格であっても、中国内で十分普及すれば、規格として存在理由があり、また他国の企業にとって、その市場への参入は値打ちがある。現に、TD-SCDMAの市場には大通信機器ベンダーが多数参入を図っており、CBHDの市場には米国のワーナー・ブラザーズなどが食い込もうとしている(e)。
しかし、独自規格が中国国内で十分普及するか否かが問題である。
携帯電話のユーザーにとっては、安くてよい端末が揃っていることが重要で、今後は中国でも電子マネーやGPS機能が要求され、またiPhoneやAndroidのOSの下で多数のアプリケーションが使えることも要求されるようになるだろう。ユーザーが欲するのはこれらの機能であって、通信方式の規格などどうでもいいのだ。
また、光ディスクについても、コンテンツの品揃えが豊富なことが重要なのであって、光ディスク自身の物理的、電気的仕様などどうでもいい。そして、携帯電話の品揃えや、光ディスクのコンテンツの豊富さで、中国独自規格が国際標準規格に太刀打ちできないのは明白である。
確かに、中国独自規格の方が、ライセンス料が少なくて済むだけ安い。しかし、TD-SCDMAなども基礎になる技術は国際標準規格と同じなので、ライセンス料がゼロになるわけではない。そして、中国市場がいかに大きいといっても、国際標準規格品の生産量の方が数倍多い。したがって、独自規格品のコスト・メリットには限度がある。
大国にとっても異端が通用しないのがITの世界ではなかろうか? 中国独自規格の市場への参入を図る企業にとっては、アクセルと同時にブレーキが重要である。
[関連記事]
(a) "China Mobile TD-SCDMA Base Stations to Reach 18,000", 6/27/08, Marbridge Consulting
(b) "China Mobile Plans To Build TD-LTE Model Networks In 2010", October 6, 2008, China Tech News
(c) "DVD Forum Approves Chinese HD Format At 42nd Steering Committee Meeting", 13 June 2008, CDRLabs.com
(d) 「「自主創新」で世界の「創新大国」へ」、人民中国 (http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200607/11jingji26.htm)
(e) "Warner Bros to Support China's CBHD High-def Format", March 05, 2009, CDRinf
(http://www.cdrinfo.com/Sections/News/Details.aspx?NewsId=24968)
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