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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2009年7月号 掲載 PDFファイル
マイクロソフトが百科事典から撤退!
酒井 寿紀 (Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
“Encarta”退場
“Encarta(エンカルタ)”とはマイクロソフトが提供してきた百科事典である。1993年にCD版の販売が始まり、その後DVD版、ウェブ版が追加された。英語のほか、 日本語、ドイツ語、フランス語、イタリア語などのものも用意されている。
マイクロソフトは、今年3月30日に、このEncartaの事業から撤退すると発表した。日本語以外のウェブサイトは今年10月末に閉鎖し、日本語のウェブサイトも12月末には閉じるという。また、DVDなどの媒体の販売もこの6月で終了するとのことだ(a)。
Encartaは、発売当時はかなり人気も高く、小生も1995年の英語版を長年愛用してきた。では、なぜ今回、完全に撤退するに至ったのだろうか?
マイクロソフトは、今回の撤退の理由を次のように言っている。
「伝統的な百科事典や参考書などの位置付けが変わった。最近の人は、従来とはかなり違った方法で情報を探索し、活用する。マイクロソフトの目標は、現在のユーザーに最も役立ちかつ魅力的な商品を提供することなので、Encartaの事業からの撤退を決断した」
「もはやEncartaの時代ではなくなった」と自ら認めている。しかし、撤退理由の説明は抽象的で分かりにくい。具体的にどういう問題に直面しているのだろうか?
EncartaはWikipediaに敗退?
近年急激に利用者を増やした百科事典に、Wikipediaというインターネット上の無料の百科事典がある。Encartaと比べてみよう。
情報量は、Encartaの62,000項目(2008年の英語版)に対し、Wikipediaは280万項目(英語版)である。情報の種類も、Encartaが昔ながらの百科事典の範囲を出ないのに対して、Wikipediaは、企業の概要、製品の仕様、芸能人のプロフィール、映画の配役やあらすじなど実に多彩だ。
Wikipediaの記事は、全世界の無償の協力者によって常時更新されるので、情報の早さについては、Encartaはとてもかなわない。最近民主党の執行部が交替したが、こういう情報は即日Wikipediaに反映される。
また、Wikipediaには記事の引用元や参考文献のサイトが多数記載されているので、必要なら直ちにこれらのサイトに飛んでさらに詳しく調べられる。
そして、何と言っても、Wikipediaは無料だ。
もちろん、Wikipediaもいいことずくめではない。誰でも記事を追加・変更できるため、誤りもある。企業が製品のPR用に掲載したと思われる、広告・宣伝臭が強い記事も多い。また、多数のボランティアが執筆しているため、記述が不統一で読みにくいものもある。しかし、これらのデメリットをしのぐメリットがあるため、最近急速に普及が進んだのだと思われる。
ウェブには貴重な情報が多数あるが、ゴミ情報がさらに多いので、目的の情報を探すのが大変だ。その解決策として、厳選されたサイトを掲載しているWikipediaの参考文献の欄を活用する方法がある。そして、より広く一般的にウェブ情報を探索する手段としてはGoogleなどの検索サイトがある。
小生は、調べごとをするとき、最近は主としてWikipediaとGoogleを使っている。Encartaのような百科事典を使うことはほとんどなくなった。こういう傾向は世の中全体に広がっていると思う。マイクロソフトは、最近のWikipediaを含むウェブの世界に到底太刀打ちできないと判断して、百科事典事業からの撤退を決断したのだと思われる。
他の事典類は?
では、他の事典類はどういう状況だろうか?
百科事典については、“Encyclopedia Britannica”はウェブ版の最初の数行を無料にしたり、他サイトからのリンクを無料にしたりして、試行錯誤を繰り返している。日本では、以前は30巻程度の百科事典が何種類も出版されていたが、現在は平凡社の「世界大百科事典」だけになってしまった。
自由国民社の「現代用語の基礎知識」のような用語辞典については、朝日新聞社の「知恵蔵」、集英社の「イミダス」とも、2007年版を最後に休刊になった(b)。時事用語のように「鮮度」が重要なものは、到底インターネットに対抗できない。
新聞社が発行している年鑑については、「朝日年鑑」が2000年を最後に休刊になり、現在刊行されているのは「読売年鑑」だけだ。各国の政府や業界団体が公表している統計データなどは、インターネットで無料で原資料を閲覧できるので、わざわざカネを払って遅れたデータを見る必要はなくなった。
このように、インターネットの影響を受けて退場したと思われるものは、何もEncartaだけではない。
今後の問題は?
最近は、世界中の多くの貴重な情報がインターネットで無料で公開されている。そのため、これらの情報をただ見やすく編集しただけのような出版物の価値は激減した。その中には、前記の事典類のほか、各種のハンドブックやガイドブックなども含まれる。今後は、真にオリジナリティのある情報や作品だけが対価の対象になるだろう。
情報の提供方法、入手方法が激変して行く中で、現在残存者利益を享受している企業もあるようだが、時代の大きな流れを見誤らないようにする必要がある。
[関連記事]
(a) "Wikipedia kills Encarta -- and Microsoft pronounces it dead", Mar 30, 2009, TechFlash
(b) 「「イミダス」「知恵蔵」休刊 ネットに移行」、2007年08月31日、ITmedia
(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/31/news107.html)
(c) 酒井 寿紀、「Wikipediaを活用しよう!」、OHM、2006年11号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0611ohm.htm)
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