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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2009年5月号 掲載 PDFファイル
Eブックがついに離陸?
酒井 寿紀 (Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
Eブック普及の障害が解消?
3・4月の本コラムでEブックを取りあげ、その本格的な普及を妨げている主な問題として、ファイル形式に事実上の標準が確立していないこと、読める本の種類が少なすぎること、Eブック専用端末が必ずしも用意されてないことなどがあると記した(a),(b)。ところが、4月号の原稿を書き終わってから、図らずもこれらの問題の解決に向う製品が米国と日本で立て続けに3件発表された。そこで、今月号ではその発表内容を紹介し、それが今後のEブックの市場にどういう影響を及ぼすかを見てみたい。
アマゾンのEブックがiPodでも読めるように!
Eブックの普及を妨げている大きな問題は、それを扱っている業者ごとにファイル形式が異なり、それぞれ専用の端末またはソフトウェアを使わないと読めないことである。
最近評判のアマゾンのEブックについてもこれは同じで、同社の端末でしか読むことができなかった。ところが米国で今年3月4日に、アップルのiPhoneとiPod Touchでも読めるようになると発表された。これらの端末に無料のソフトをインストールすると、アマゾンのサーバに蓄えられている購入済みのEブックを読むことができる。Eブック端末のキンドルで読みかけた本の続きをiPodで読むことができ、その続きをまたキンドルで読める。こうして、自宅のソファで読むときはキンドルを使い、通勤電車の中ではiPhoneを使うというように、時と場合に応じて端末を使い分けられるようになる(c)。
そしてこの発表は、Eブックと端末が別の企業から提供されるようになることを意味する。アマゾンは、iPhoneやiPod Touchがキンドルと競合することはあまりなく、むしろ補完することによってEブックの拡販が図れると考えたのだろう。アマゾンはもともと印刷物の本の販売からスタートした。したがって、Eブックの時代になって印刷物の本が減少したとき、自社にとってはEブック用端末よりEブック自身の販売の方がより重要と考えるのは当然である。Eブックのユーザーは端末の品揃えの多様化を望んでおり、アマゾンは今後も他社の力の活用を進めるのではなかろうか。
ソニーのEブック端末でグーグルのEブックが読めるように!
グーグルは2004年以来、大学などの図書館の書籍を片っ端から機械で読み取って、書籍のデータベースを構築してきた。そして書籍の検索サービスを提供するとともに、著作権が切れた本については、PDFファイルによって全文を読めるようにしている。しかし、PDFファイルでは、画面が小さいEブック端末では読みにくく、また、メモの記入や栞の挿入などの機能も使えないため不便である。
ところが米国で3月19日に、このグーグルの書籍のうち著作権が切れた50万冊が、EPUBというファイル形式で、ソニーのEブック端末で読めるようになると発表された。EPUBはIDPF (The International Digital Publishing Forum)という業界団体が定めたEブックのファイル形式で、すでにかなりのEブックがこの形式で出版され、パソコンやソニーの端末で読める。
今回の発表で、ソニーの端末で読めるEブックは10万冊から一挙に60万冊に増えるという。これによって、Eブックで読める本が限られるという今までの問題がかなり改善される(d)。
グーグルは、著作権が生きている本も含めて、すでに700万冊以上の本のデータベースを構築済みで、現在これをさらに拡充中である。また、同社は昨年10月に著作権者の団体と契約を結び、1億2,500万ドルで著作権が生きている絶版の本を読めるようにする権利を獲得した(e)。したがって、ソニーの端末で読める本の数は今後さらに大幅に増大することが見込まれる。
富士通フロンテックがEブック端末を発売!
日本のEブックには、XMDFやドットブックというファイル形式のものがあるが、両者とも一般のパソコンやスマートフォンで読むようになっていて、Eブック専用の端末は用意されていない。したがって、自宅の居間でくつろいだ格好で読みたいときや、旅行先で読むときは不便だった。
ところが、3月18日に富士通フロンテックが「FLEPia(フレッピア)」という両ファイル形式に対応した端末を発売した。その画面は8インチ(約20cm)と、他のEブック端末より大きくて単行本のほぼ1ページ分を表示でき、また、カラー表示のためマンガなどにも適している。価格が9万9,750円と高いのが難点だが、これによってXMDFやドットブックのEブックを専用端末で読む道が開かれた(f)。
もっと安いEブック端末が日本でも出現することが望まれる一方、英語圏のEブック端末の市場でもこういうカラーの大画面の端末に対するニーズがあると思われる。
◇ ◇ ◇
このように、最近本コラムで指摘したEブックの普及を妨げている問題が解消に向う兆候が次々と現れた。今回発表された製品の関係者も、これらの問題の解決に対する潜在的ニーズを感じ、そこに商機を見たのだろう。今回の一連の発表は問題解決の一歩に過ぎないが、これがきっかけとなってEブックの本格的な普及が始まることを期待したい。
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年3月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0903ohm.htm)
(b) 酒井 寿紀、「続・「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年4月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0904ohm.htm)
(c) "Kindle for iPhone and iPod touch Now Available For Free From Apple's App Store", Mar. 4, 2009, Amazon
(http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1262380)
(d) "Sony-Google E-book Deal A Win for ePub, Openness", 03.19.09, WIRED (http://www.wired.com/2009/03/sony-google-e-b/)
(e) "Google reaches $125 million settlement with authors",
富士通フロンテック、カラー電子ペーパー搭載読書用端末「FLEPia」」、2009年3月18日、PC Watch
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