home > Tosky's Archive >

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2009年4月号 掲載        PDFファイル

 

 

続・「Eブック」が離陸しないのはなぜか?

 

酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

 

専用端末が必要

先月号で、「Eブック」がなかなか普及しない最大の原因は、それを提供している企業ごとにファイル形式が違うためだと記した(a)。しかし、Eブックが広く一般に普及するためのハードルはこれだけではない。

Eブックには、米国のアマゾンやソニーのもののように主として専用の端末で読むものと、シャープの「XMDF」やボイジャーの「ドットブック」のようにパソコンやスマートフォンで読むものがある。

自宅でパソコンの画面で読めればいいと言う人もいるかもしれない。しかし、新聞や雑誌の記事を読むのはこれでよくても、長編小説を読むときは、やはりソファーにゆったり座って読みたいと言う人が多いのではなかろうか。また、飛行機の中や避暑地の木陰で読みたい人も多いだろう。そういう人の中にはスマートフォンの画面でいいと言う人もいるかもしれない。しかし、スマートフォンの34インチの画面では文庫本の1ページも収まらず、これでは読む気にならないという人が多いだろう。

ソニーやアマゾンのEブック専用端末は、画面の対角線が6インチ(約15cm)でほぼ文庫本のサイズである。Eブック用としてはこの程度の大きさが最低限必要だろう。両端末とも、一般のスマートフォンなどと違い、画面には「Eインク」という技術を使い、紙の本と同じように明るい屋外でも読みやすいようになっている。こうした配慮もEブック用の端末には望まれる。

日本のXMDFやドットブックのEブックにはこういう専用端末が用意されていない。これもこれらのEブックの普及を妨げている一因と思われる。

 

ホメロスから新刊書まで

Eブックは、紙の本に比べて保管スペースをとらず、本棚や書庫が不要である。また、旅行先や避暑地へ読みたい本を何冊か持っていくときも軽くて便利だ。しかし、こういうEブックのメリットを十分に享受するためには、読みたい本の大半がEブックで発行されている必要がある。

そして、34万円出してEブック専用の端末を買った人は、元を取るために、本を買うときは紙の本でなく、より安いEブックでできるだけ買いたいと思うだろう。読みたい本がEブックで買えなければ、専用端末の費用の回収が難しい。

アマゾンは23万冊以上のEブックを揃えているといい、ソニーのEブックも約10万冊に達するという。両者とも、ホメロス、プラトン、ダンテ、シェークスピアから、論語、コーラン、各種仏典まで、古今東西の古典が英語のEブックで読めるようになっている。それに対して、日本のXMDFは約2万冊、ドットブックは数千冊ということで、ごく一部の本しか揃っていない。両者とも、古今東西どころか、森鴎外、川端康成、三島由紀夫の小説が1冊も読めない。

iPodが音楽に聴き方に革命をもたらしたように、Eブックは本の読み方に革命をもたらすべきものだ。そのためには、iPod用の楽曲がiTunes Storeでバロック音楽からラップまで買えるように、Eブックの書店で、ホメロスや源氏物語から新刊書まで何でも買える必要がある。

 

パソコンとインターネットが主役

現在、Eブックの入手方法には大きく分けて2種類ある。

一つは、インターネットを使ってパソコンに取り込み、パソコンで読むと同時に、必要に応じて、専用端末やスマートフォンなどに転送して読むものである。米国のソニーやグーテンベルグ、日本のXMDF、ドットブック、青空文庫などがこれに属する。

もう一つは、携帯電話回線で携帯端末に直接読み込むもので、アマゾンの「キンドル(Kindle)」がこれに当たる。

従来、各家庭には家族のアルバムが何冊もあって、子供の成長する姿や家族旅行の写真がそこに保管されていた。しかし現在は、ディジタル・カメラで撮った写真をハードディスクやDVDに保管しておき、見たいときにパソコンやテレビの画面で見る人が多い。また、従来レコードやCDで保管していた音楽を、iTunesのライブラリとしてパソコンに保管している人も多いと思う。

こういう生活スタイルが一般化すれば、従来紙の本を書棚や書庫に保管していた人が、今後はEブックをハードディスクやDVDで保管したいと考えるのはごく自然だ。その方が保管スペースも取らず、また本を探すのにも便利だからだ。

このようにして、パソコンが各家庭のデータベースの主役になれば、本や楽曲の購入はインターネット経由が基本になる。その方が携帯電話回線を使うより安く高速だからだ。iPodの大成功の原因の一つは、楽曲の購入と保管について、パソコンとインターネットを主役にしたことだと思う。

キンドルの特長の一つはパソコンが不要なことで、一部の人はこれを高く評価し、また、ソニーもキンドルに対抗して直接端末にダウンロードする機能を追加する予定だという。しかし、このキンドルの特長は、上記のような理由で大きな弱点でもある。今後市場はこれをどう評価するだろうか?

現在、ここに記した三つの問題に関する限り、米国のソニーのEブックが望ましい姿に最も近いように思う。しかし、実際のビジネスの成否は、他のIT分野と同様、価格政策やオープン化への姿勢などの事業戦略に負うところが大きいと思われる。

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年3月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0903ohm.htm)

(b) 酒井 寿紀、「Eブックがついに離陸?」、OHM、2009年5月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0905ohm.htm)

(c) 酒井 寿紀、「電子書籍の勝者は?」、OHM、2011年4月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1104ohm.htm)

   


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2009, Toshinori Sakai, All rights reserved