home > Tosky's Archive >

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2009年3月号 掲載        PDFファイル

 

 

Eブック」が離陸しないのはなぜか?

 

酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

なかなか離陸しないEブック

書籍のデータをインターネットで配信し、それをパソコン、携帯電話、専用端末などで読めるようにするビジネスがある。日本では「電子書籍」、米国では「electronic publishing」、「E-book」などと呼ばれているが、ここでは「Eブック」と呼ぶことにする。その状況を見てみよう。

Eブック用端末として、日本では2004年にパナソニックが「シグマブック」を発売し、同年ソニーも「リブリエ」(*)を発売した(a),(b)。そして両社ともこれらの端末で読めるEブックの発行を始めた。しかしその後、両社ともこのビジネスから撤退してしまった。

現在は、主として、シャープが開発した「XMDF」とボイジャーが開発した「ドットブック」というファイル形式で各種のEブックが発行されている。例えば、小学館、研究社、日本経済新聞社などはXMDFを使い、新潮社、講談社、光文社などはドットブックを使っている。両方式のEブックとも、パソコン、携帯電話などで読めるが、これらを読むことができるEブック専用の端末はない。

米国では、2000年にマイクロソフトが同社固有のファイル形式でEブックの発行を始めたが、その後撤退した。フランスのモビポケットも2000年に、固有のファイル形式でEブックの発行を始めたが、2005年にアマゾンに買収された。そして、ソニーは2006年に固有のファイル形式などを扱うEブック用端末を米国で発売した。アマゾンも2007年に固有のファイル形式などを扱う「キンドル(Kindle)」というEブック用端末を発売した。同社のEブックはすでに20万タイトル以上発行されている。

このように、Eブックから撤退した企業が多く、Eブックの現状は、まだ紙の本に対抗できる規模まで育っていない。Eブックのビジネスがなかなか離陸しないのはなぜだろうか?

 

ガラパゴスだらけのEブック

日本では、パナソニック、ソニー、シャープ、ボイジャーがそれぞれ固有のファイル形式を使ってきた。米国でも、マイクロソフト、ソニー、アマゾンなどのファイル形式はみな違う。そのため、パソコンで各社のEブックを読むためには、それぞれ別のリーダのソフトウェアをインストールする必要がある。そして、Eブック専用の端末で読むためには、ファイル形式ごとに別の端末を用意する必要がある。Eブック用端末やリーダのソフトのベンダー、そしてEブックの出版社は、ファイル形式ごとにガラパゴスのような外界から隔絶した島で生息しているのだ。

これは、レコード会社ごとにCDの規格が違い、複数のレコード会社のCDを聴くためにはその会社数だけCDプレーヤをそろえなければならないのと同じことだ。これではとうていCDの普及は望めない。

この問題の改善策として、日本にも米国にも二つ以上のファイル形式でEブックを出版している出版社もあり、また最近、10以上のファイル形式に対応するEブック用端末を販売するメーカーも現れた。しかし、Eブックの本格的な普及のためには、何よりもまずファイル形式の統一が必要である。

 

なぜEブック用ファイル形式が必要か?

文書の標準的なファイル形式としては、Eブック用に新たに制定しなくても、テキスト形式、HTML形式(ウェブページの記述に使われるもの)、PDF形式(ウェブで印刷物を公開するときなどに使われるもの)などがあり、現にこれらを使って著作権が切れた書籍のデータを無料で公開しているところもある。例えば、米国の「グーテンベルグ計画」は1971年に始まり、27,000冊以上の書籍を、主としてテキスト形式で公開している。そして、日本の「青空文庫」は1997年に始まり、7,000冊以上の書籍を、HTML形式、テキスト形式、独自形式の3形式で公開している。また、グーグルの 「Google Book Search」はPDF形式を使って書籍を公開している。これらはファイル形式を選ぶに当たって、Eブックとしての使い勝手より、ファイル形式の普及度と永続性を重視したのだ。このようなファイル形式でEブックが広く普及することは考えられないのだろうか?

Eブックには、紙の本を読む時に通常行われていることがすべてできることが要求される。例えば、注目すべき語句に印をつけること、メモを書き込むこと、ページの間に栞をはさむことなどだ。そして、ITの特長を生かして、語句の検索、辞書の参照なども容易にできることが望まれる。また日本語の場合は、縦書きやルビなどが扱える必要がある。

各社のEブック用のファイル形式はこれらの点を考慮したものだが、問題はその実現方法がまちまちなことだ。これらが統一されたファイル形式で実現されることが要求される。

 

望まれる事実上の標準の確立

ITの世界では、パソコンも、パソコン用OSも、LANも、ワープロや表計算のソフトも、初期には各社各様の仕様が乱立していた。しかし、やがて淘汰が進み、事実上の標準が確立して、それから本格的な普及が始まった。Eブックは、現在まだ仕様乱立の段階である。Eブックが広く普及するためには、このような製品と同じ道を歩む必要があると思われる。したがって、現在Eブックを手がけている企業には、ファイル形式のオープン化と仲間づくりに力を入れることが望まれる。

 

(*) 誤記修正 (14/6/23)

 

[関連記事]

(a) 「松下電器、読書用端末『ΣBook』の販売を2月20日に開始」、2004年01月29日、ASCII (http://ascii.jp/elem/000/000/341/341415/)

(b) 「ソニー、E INK採用の電子書籍端末「LIBRIe」」、2004年3月24日、PC Watch  (http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0324/sony.htm)

(c) 酒井 寿紀、「続・「Eブック」が離陸しないのはなぜか?」、OHM、2009年4月号、オーム社

       (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0904ohm.htm)

(d) 酒井 寿紀、「Eブックがついに離陸?」、OHM、2009年5月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0905ohm.htm)

(e) 酒井 寿紀、「電子書籍の勝者は?」、OHM、2011年4月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1104ohm.htm)

   


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2009, Toshinori Sakai, All rights reserved