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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2009年1月号 掲載 PDFファイル
手綱を手放さない米国政府
インターネット管理の民間移管
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
移管時期をズルズル延期
インターネットの管理の問題については、前にも本コラムや本誌のHEADLINE Reviewで取りあげたが、もう一度振り返ってみよう(a),(b)。
インターネットは、もともと米国の軍事用のネットワークとして開発されたもので、その根幹部分の管理は米国国防省が南カリフォルニア大学の研究機関に委託していた。そのネットワークが、やがて軍事用だけでなく、大学、企業、個人などにも使われるようになり、また、米国だけでなく全世界で使われるようになった。そこで、競争原理の導入によって効率向上を図り、国際化に対応するため、1998年に当時のクリントン政権は、ICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)という民間の非営利団体を設立して、そこにインターネットの管理を移管することにした。
当初は、2年間の移行期間の後、2000年には移管が完了する予定だった(c)。しかし、その後この移行期間は何回も延長され、現在は2009年9月に完了することになっている(d)。
米国政府vs.国連
米国政府が民間機関へ完全に移管することを躊躇し出した理由の一つに、国連の機関がインターネットの管理に乗り出そうとしてきたことがある。1998年に国連配下のITU (International Telecommunication Union: 国際電気通信連合)がWSIS (World Summit on the Information Society: 世界情報社会サミット)の開催を提案した。これは、今後の国際的な人権問題や環境問題の解決のためには情報通信技術が重要であり、また、ディジタル・ディバイドの解消が大きい課題だという認識に基づくものだった。2001年の国連総会でこの提案が承認され、2003年と2005年にサミットを開催することになった(e)。
このサミットの準備会で、インターネットの管理の問題が取り上げられ、中国、インド、ブラジルなどの新興国が、インターネットの管理を米国政府からITUに移管する案を支持した。これを踏まえてEUが、インターネットの管理についての各国政府が参画する組織を新設する提案をした(f)。しかし、これには米国政府が猛反対した。国連配下の組織に移せば、官僚主義に陥ってイノベーションが妨げられ、また、抑圧的な政府によって表現の自由が妨害されるおそれがあるというのがその理由だった(g)。そのため2005年のサミットでは従来の米国政府の支配の継続が認められた(h)。
ルート・サーバは米国政府が!!
インターネットでメールを送信したりウェブを閲覧したりするときには、接続先のドメイン名が使われる。実際に接続するときは、このドメイン名をネットワーク上のアドレスに変換する必要がある。この変換の仕組みをDNS (Domain Name System)といい、世界中に散在する「DNSサーバ」によって構成される。このサーバ群は階層をなしていて、その最上位を「ルート・サーバ」という。
このルート・サーバは、もともと南カリフォルニア大学の研究所が管理していた。この業務は1998年のICANN設立時にICANNに引き継がれることになった。一方、この業務の国防省から南カリフォルニア大学に対する委託契約は、ICANN設立後も、商務省からICANNに対する委託契約として継続していた。2005年のITUとの対立時に、米国政府はこの契約を盾に取って、今後もルート・サーバの監督を継続すると主張し、2006年のICANNとの移行期間延長の契約には、ルート・サーバの問題は米国政府が担当すると明記された(d)。
ICANNは従来、ルート・サーバも含めたインターネット管理の全面移管を要望していて、2008年6月に、現在の移行期間が切れる2009年以降の検討課題の一つとしてルート・サーバの管理業務の移管をあげた。しかし米国政府はその可能性を否定し、議論の余地もないとはねつけた。
DNSの欠陥が判明
2008年にDNSに致命的な欠陥があることが判明した。それを利用すると、例えば企業のサイトへのアクセスを偽サイトに導くことができる。この欠陥に対しDNSのソフトウェアのベンダが対策を講じる前に欠陥内容を公表した者がいたため、それが悪用されるおそれがあると大問題になった。
この欠陥に対する根本対策として、DNSファイルの送受信時に認証を実施することが提案されているが、現在まだ実現していない。これが遅れているのは、米国政府、ICANN、実務を受託しているベリサイン社の3者が本業務に絡んでいるためもある。
インターネットの欠陥を突いた不正行為が跡を絶たないため、このような事件に対しては即刻対応することが要求される。この点で現体制には明らかに問題がある。
一方、クリントン政権下で進められたインターネット管理の民間移管が、ブッシュ政権下で見直されたのは、同政権初期の「一国主義」の隆盛が影響している可能性もある。そうだとすればオバマ政権の成立で米国の世界戦略が見直され、インターネットに対する政策にも何がしかの変化があるかもしれない。いずれにしても、米国の一国主義は今後変わらざるを得ないと思われる(i)。
インターネットの管理をどのような方向に進めるかは21世紀の人類の大きな課題である。
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「ICANNが「I CAN!」と言える日」、Computer & Network LAN、2004年9月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2004/0409icann.htm)
(b) 酒井 寿紀、「管理・運営体制が問われる これからの「インターネット」」、OHM、2006年2月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0602ohm/ar0602ohm.htm)
(c) "Memorandum of Understanding between the U.S. Department of Commerce and Internet Corporation for Assigned Names and Numbers", Nov. 25, 1998, ICANN, U.S. Department of Commerce
(https://www.icann.org/resources/unthemed-pages/icann-mou-1998-11-25-en)
(d) "Joint Project Agreemnt between the U.S. Department of Commerce and the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers", Sept. 29, 2006, U.S. Department of Commres, ICANN
(e) "World Summit on the Information Society", 21 December 2001, ITU (https://www.itu.int/wsis/basic/about.html)
(f) "European Union (UK)", 30 September 2005, ITU
(g) "EU and U.S. clash over control of Net", September 30, 2005, The New York Times
(http://www.nytimes.com/2005/09/29/business/worldbusiness/29iht-net.html?_r=0)
(h) "World Summit on the Information Society Hailed as Resounding Success", 18 November 2005, ITU
(http://www.itu.int/wsis/newsroom/press_releases/wsis/2005/18nov.html)
(i) 酒井 寿紀、「手綱を緩めた米国政府・・・インターネットの管理」、OHM、2009年12月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0912ohm.htm)
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