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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2008年12月号 掲載        PDFファイル

 

 

「ストリート・ビュー」の問題

    

    利便性か、プライバシーか?

    

酒井 寿紀(さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

ネットで街歩き

Googleが提供する「地図」の付加機能に「ストリート・ビュー」がある。米国で20075月にサービスが開始され、日本でも20088月に始まった。詳しい地図を表示してストリート・ビューの付加機能を選択すると道路に青線が表示されるので、その一地点をクリックすると、その近くで撮影された市街の写真を見ることができる。マウスで写真をドラッグすれば見る方向を自由に変えられ、360度どの方角も見ることができる。

現在、米国、フランス、イタリア、オーストラリア、日本の5か国の一部の都市についてストリート・ビューが提供されている。日本では、東京、大阪、札幌の近辺など、10か所あまりのエリアについて、ごく狭い道路も含めてストリート・ビューを見ることができる。これらの写真は、360度のパノラマ写真を一度に写せるカメラを屋根の上に積んだクルマが街中を走り回って撮影したものである。

このストリート・ビューに、自宅の写真や自分の顔、クルマのナンバー・プレートなどを勝手に掲載され、プライバシーを侵害されたと世界中で騒ぎが起こっている。

そもそもストリート・ビューにはどんなものが写っていて、どういう利用価値があるのだろうか?

 

何に使える?

まず何はともあれ、わが家の前の道路を見てみる。わが家の外観が、石垣や植木、クルマに至るまではっきりと写っている。クルマに詳しい人なら車種まで分かりそうだ。隣近所の家や街並みも分かるので、人の家を初めて訪問するとき、こういう写真を事前に見ておけば捜すのが楽だ。

訪ねてくる人に自宅を教えるときも、どの場所でどちらの方角を見たとき見える家だと言えば済む。これは自宅に限らず、レストランなどの会合の場所を教えるときも同じだ。

旅行先のホテルを選ぶときは、ホテルの建物だけでなく、周りの環境も分かるので、ホテル選びの参考になる。また、ストリート・ビューを使って旅先での街歩きの予習をすることもできる。

売りに出した不動産の物件をストリート・ビューで展示することもできる。前に滞在したことがあるフロリダのモーテルが取り壊されて更地になっているが、そのストリート・ビューの写真には電話番号を大書した看板が写っている。今後は、ストリート・ビューでも判読できるような大きな文字の看板が広まるかもしれない。

私は趣味で水彩画のスケッチを描いている。前に描いたことがあるパリのマレ地区のごく狭い裏通りをストリート・ビューで見てみると、私が描いた絵とほぼ同じ風景を見ることができる。旅行先で、限られた時間で適切なスケッチの場所を捜すのはなかなか難しいが、事前にストリート・ビューで街歩きをして候補地を絞っておけば、現地で効率よくスケッチの場所を選べる。これはカメラでも同じだ(a)

サンフランシスコの急な坂道は、地図では登り下りが分からないが、ストリート・ビューで見れば一目瞭然だ。ロンバード通りという曲がりくねった急坂も、3次元的にどうなっているかよく分かる。

ストリート・ビューは道路沿いの景色を見せるのが主目的だが、中には遠景を見ることができる場所もある。例えば、ゴールデンゲート・ブリッジの北側の駐車場から南の方角を見ると、ゴールデンゲート・ブリッジとサンフランシスコの市街を一望できる。

 

プライバシーの侵害だ!

このストリート・ビューに本来の目的から外れた写真が多数掲載されている。インターネットで取り上げられているものに、住宅の塀をよじ登っている男の写真がある。門の鍵をなくした住人だろうか? それともドロボーだろうか? また、アダルト・ショップの前を歩いている男の写真がある。中に入ろうとしているようにも見える。また、芝生で、ビキニ姿で寝そべっている女性も写っている。(b)

通行人の顔やクルマのナンバー・プレートは原則としてぼかしてあるようだが、わが家の近所にナンバー・プレートを判読できるクルマがあるし、個人を特定できる写真も多いように思う。

このような状況を踏まえて、プライバシーの侵害を叫ぶ声が大きい。米国では訴訟問題も起きている。特に、ヨーロッパで反対の声が強く、イギリスなど、まだサービスが始まっていないのに反対意見が多い。そのためサービス開始が遅れているのかもしれない(c)

 

利便性か、プライバシーか?

前記のように、明らかに不適切な写真も中にはあるが、ストリート・ビューは、インターネットを使って、今まで手に入らなかった情報を提供してくれる。新発明や新技術は、従来できなかったことを可能にするとともに、常に新しい問題を起こし、制度や法律の改変を要請してきた。電気の発明は感電事故という新しい問題を発生させ、盗電という新しい犯罪を生んだ。自動車は自動車事故を起こさせ、自動車強盗を生んだ。インターネットに関連したいろいろな新技術も、新しい問題を起こしつつある。

しかし一方、それがきわめて大きな利便性を提供する可能性を秘めていることも事実だ。いたずらに反対しないで、不都合な点は軌道修正させ、必要な法律などを整備して、前向きに対処していくことが重要と思われる。

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「南イタリア スケッチ旅行」、MS TODAY、20111月号、エム・システム技研

        (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1101mstoday.htm)

(b)  "Our house, in the middle of Google's street", 10 April 2008, The Guadian

         (http://www.theguardian.com/technology/2008/apr/10/news.google)

(c)  "Google, privacy and Street View", 4 Jul 08, BBC News

         (http://www.bbc.co.uk/blogs/legacy/technology/2008/07/google_privacy_and_street_view.html)

 


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