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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2008年10月号 掲載 PDFファイル
ウォルマートが戦略を変更 〜商品用ICタグのその後
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
商品用ICタグの適用拡大が難航
EPCグローバルという国際機関の商品用ICタグについては、2006年8月号の本コラム「商品用ICタグの今後の問題は?」でも取りあげた(a)。今までの経緯を振り返ってみよう。
もともとの発想は、すべての商品にICタグを取り付けて、商品名、製造者、製造番号、製造日などの情報を書き込んでおこうというものだった。この情報を利用して、流通在庫を低減し、店頭での品切れを防止できるので、メーカーにも小売業者にも貢献し、また、商品探しが容易になり、レジの行列が緩和されるので、消費者にもメリットがあると考えられた。
2005年初めにウォルマートが先陣を切って、100社の納入業者にタグを付けさせ、150の店舗にタグの読取機を設置して、商品用ICタグの実用化が始まった。そして、その適用を順次拡大する計画だったが、いろいろな問題に直面した。
まず、当初はタグが期待したほど安くならなかったため、当面は、個別商品でなく商品を運ぶパレット(商品を載せてフォークリフトで運ぶ荷台)や商品のケースにタグを取り付けることにした。その結果、レジでの商品の識別などには使えないことになった。
第二の問題は、タグの技術的改良が進んで標準規格が変更になり、2004年末にGen 2 (Generation 2)と呼ばれる新規格が制定されたことである。そのため、先行していたウォルマートは、2006年になって設備を切り替えることになった。
第三の問題は、UHF帯の電波を使ったGen 2の規格は、個別商品用としては弱点があることだ。そのため、個別商品にもUHF帯を使うべきか、個別商品にはHF帯の別規格を使うべきかという議論が延々と現在も続いている。
これらの問題のために、ウォルマートではタグの適用拡大が思うように進まず、当初は2005年末には3,000店舗に拡大する目標だったが、実際には2007年春になっても1,000店舗にしかならなかった(b),(c)。
米国のベスト・バイ、ドイツのメトロ・グループ、イギリスのテスコなどの大手小売業者も、商品のパレットやケースの他、一部の個別商品に同じ規格のICタグを取り付けて、このような問題の解決策を探っている。
ウォール・ストリート・ジャーナルが爆弾記事
このような状況の下で、2007年2月にウォール・ストリート・ジャーナルがウォルマートのICタグの現状について非常に厳しい評価を下す記事を掲載した。納入業者は、ウォルマートに強要されてICタグを導入したが、投資に見合う効果が得られず不満を抱えているという。そもそも、納入業者はウォルマートという大顧客を失うよりましと、しぶしぶ要求に応じたのが実態だという。また納入業者だけでなく、ウォルマートや他の小売業者も同様に効果を挙げていないということだ(d)。
ウォルマートの幹部や技術ジャーナリストの中には、本記事の評価は一方的だと反論している人もいるが、本記事が真実の一面を伝えているのは間違いないと思われる(e),(f)。というのは、計画より遅れたが、着実にICタグの適用を拡大中であると主張していたウォルマートが2007年秋に方針を変更し、従来とは別の方面に力を入れることにしたからである。
ウォルマートが方針転換
ウォルマートには「サムズ・クラブ(Sam’s Club)」という店舗がある。これは会員制倉庫型店舗といわれ、梱包されたままの商品を倉庫のように積んでおき、大きい単位で販売する。こうして経費を徹底的に削り、低価格を実現する。利用者は年会費を払って会員になる必要がある。
ウォルマートは、このサムズ・クラブに、ICタグを全面的に適用することにした。まず、2008年1月末から、ある一つの流通センターに納入する、単一商品からなる全パレットにICタグを取り付けることをすべての納入業者に強制した。納入業者が取り付けない場合はサムズ・クラブが取り付け、その費用として1パレット当たり当面2ドル、2009年以降は3ドルを納入業者に負担させる。これを順次拡大し、タグを取り付ける単位を単一商品のパレットから、多種の商品を混載したパレット、商品の販売単位へと広げてゆく。また、対象とする流通センターも、1か所から全22センターへと広げていく。こうして、2010年10月末にはすべての納入業者が、全流通センターに納める全製品について、その販売単位ごとにICタグを取り付けることを目標にしている(g)。
もともとICタグは販売単位ごとに付けるべきものだが、一般の店舗では販売単位が小さく、その実施が困難なため、パレットなどに付けていた。しかし、それでは効果に限界があって、いつまで経っても一部の商品にしかICタグが付いてない状態が続いた。そのため、すべての商品を統一的に管理することができず、ますます効果を限定されたものにした。
ところが、倉庫型店舗では販売単位が大きいため、販売単位ごとにタグを取り付けることが可能になり、ICタグの真価が発揮されるはずである。倉庫型店舗でも効果を発揮できなければ、商品用のICタグに将来はないのかもしれない。そのため、日本にも進出している米国のコストコなど、他の会員制倉庫型店舗の業者も今回のウォルマートの試みに注目しているものと思われる。ウォルマートに追従して試行を始めるところが現れるかもしれない。
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「商品用ICタグの今後の問題は?」、OHM、2006年8月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0608ohm.htm)
(b) "Texas Tagged As Start Point For RFID Rollout", 11/7/2003, InformationWeek
(http://www.informationweek.com/texas-tagged-as-start-point-for-rfid-rollout/d/d-id/1021670)
(c) "Wal-Mart Embraces RFID's Green Potential", May 01, 2007, RFID Journal (http://www.rfidjournal.com/articles/view?3284)
(d) "Wal-Mart's Radio-Tracked Inventory Hits Static", Feb. 15, 2007, The Wall Street Journal
(http://online.wsj.com/news/articles/SB117150681979009405)
(e) "Wal-Mart, Suppliers Affirm RFID Benefits", Feb 22, 2007, RFID Journal (http://www.rfidjournal.com/articles/view?3059)
(f) "Understanding the Wal-Mart Reality", Feb 26, 2007, RFID Journal (http://www.rfidjournal.com/articles/view?3068)
(g) "Sam's Club Tells Suppliers to Tag or Pay", Jan 11, 2008, RFID Journal (http://www.rfidjournal.com/articles/view?3845/)
(h) 酒井 寿紀、「バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向」、Computer & Network LAN、2004年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2004/barcode-to-rfid/barcode-to-rfid.htm)
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