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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2008年7月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
マイクロソフトが大変身?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
Vistaはダメよ!
2008年初めに、主として使うパソコンをWindows XPからWindows Vistaに切り替えた。メールの処理などが格段に速くなり、おおむね快適にVistaを使っているが、切り替えに当たってはいくつかの問題に遭遇した。その一つは、従来XPで使っていたアプリケーション・プログラム(AP)にVistaでは使えないものが意外と多かったことだ。
小生の限られた体験についての話なので、これらの製品が、他の製品に比べて問題が多いと言うつもりはないが、まず今まで使っていたシマンテック社のウィルス対策ソフトが使えなかった。また、アドビ・システムズ社のAdobe Acrobat*1) も使えなかった。そして、辞書のソフトや宛名印刷のソフトも使えなかった。その他、Cakewalkという音楽のMIDIファイルを作成したり再生したりするソフトも正しく動かなかった。
これらのソフトの中にも、修正を加えたり、特殊なモードや裏技を使ったりすればVistaでも使えるものがあるのかもしれない。しかし、あまり面倒なことは考えず、カネをかければ済むものはVista用の新バージョンを買った。中にはVistaでの使用を諦めたものもある。
今までも、オペレーティング・システム(OS)を切り替えると問題を起こすAPがあったが、今回はそれが多いようだ。例えば、前出のCakewalkは1992年にリリースされた、Windows 3.1用のものだが、今でもXPでは問題なく使っている。
一般に、古いAPの機能で満足していることも多く、OSの更新に合わせてAPも更新する必然性はない。そのため、新OSでも、新旧両バージョンのAPが使えるようになっていることが望まれる。つまり、OSとAPの間に高い相互運用性(interoperability)があり、個々のAPごとに新旧いずれのバージョンを使うかを選択できることが望ましい。
このような相互運用性が望まれるもう一つの理由は、新旧両バージョンのOSの混在がごく普通になってきたことだ。小生の場合も、日常主として使うパソコンはVistaに切り替えたが、バックアップとして従来のXPのパソコンも使っている。そして、旅行先で使うノート・パソコンはXPのままである。
なぜ相互運用性に問題が多いのか?
では、現状はなぜこのように相互運用性が低いのだろうか? OSとAPの間の相互運用性を確保するためには、両者の間で長期間にわたって維持されるアプリケーション・プログラム・インタフェース(API)が明確に定義されていて、両者がこれをきちんと守る必要がある。
第1の問題は、マイクロソフトがOSのこういうAPIを公開して来なかったことだ。公開しても、現バージョンだけについてのAPIでは永続的な相互運用性は望めない。これではいくらAPのベンダーが長期にわたる相互運用性を目指そうとしても、その実現は難しい。APベンダーとしては、将来にわたって変わらないだろうと予想される仕様をできるだけ使うしかなかった。予想が当たるかどうかは運次第だった。前出のCakewalkのように10年以上にわたって使用可能なAPは、「作り」がよい製品と言っていいだろう。
第2の問題は、永続性が望めないような仕様を無神経に使っているAPベンダーが多いことだ。中には意図的に特殊なインタフェースを使って、APをOSの特定のバージョンにくくり付けにしたのではと疑われるものもある。こうすればOSのバージョンアップのたびに新製品を買ってもらえるわけだ。すぐ壊れる製品を売り付けて何回も買い直させるのと同じである。それに引き換え、「作り」がよい製品はなかなか買い替えてもらえない。
マイクロソフトが大変身?
2008年2月にマイクロソフトは、OSなどのAPIを公開し、自由に使うことができるようにすると発表した。原則として無料で、有料の場合でも妥当な料金で誰にでも提供するという。また、詳細は不明だが、将来のソフトのAPIも同様に扱うという。このほか、業界標準の尊重なども同時に発表した1)。
ここ数年、ヨーロッパなどでの独禁法がらみの圧力を受けて、同社はオープン化に向かっていたが、今回はさらに一歩踏み出した。その背景には、法的問題だけでなく、他社のAPとの共存にもっと力を入れないと顧客の要求を満足できなくなるという考えがあったと思われる。
今回の発表についてマイクロソフトは画期的なことだと強調しているが、世の中には過去の同社の発表と同じように、あまり実態を伴わないのではないかと懐疑的に見ている人もいる2)。しかし、これはここに記したようなバージョンアップに伴う相互運用性の問題の改善には何がしか貢献すると思われる。
今後もマイクロソフトによるOSの市場の実質的な独占はそう簡単に崩れそうもない。しかし、マイクロソフトといえどもあらゆるソフトについて市場を独占することはできず、ますますオープンな世界になっていくことは避けられない。そのため、同社にも「オープンな世界の善良な市民」になってもらう必要がある。その点で、今回の同社の発表は、よい方向を目指しているが、同社の過去の姿勢には問題が多かったのも事実なので、我々はヨーロッパ勢などとタイアップして同社に圧力をかけ続ける必要がある。
「OHM」2008年7月号
[後記] マイクロソフトは、2008年2月に3万ページのAPIなどの資料を公開したが、その後も公開は予定通り進み、2008年6月末には累計5万ページの資料が公開された。また、6月末には特許のライセンスの費用も明確になった3)。グーグルの無料での全面公開には及ばないが、マイクロソフトにとっては戦略の大変更であることに違いはない。
今回のAPIの公開によって、OSとの相互運用性がより高いAPの市場が形成されることが望まれる。
*1) Adobe Acrobat: 各種のコンピュータ間で文書を受け渡しするためのPDF (Portable Document File)形式のファイルを作成するソフト
参考文献
1) “Microsoft Makes Strategic Changes in Technology and Business Practices to Expand Interoperability”,
Microsoft > PressPass > News Archive > Feb. 21, 2008
(http://www.microsoft.com/presspass/press/2008/feb08/02-21ExpandInteroperabilityPR.mspx)
2) “Microsoft open-source move elicits guarded reaction from EU”, LinuxWorld, Feb. 21, 2008
(http://www.linuxworld.com/news/2008/022108-eu-guarded-reaction-to-microsoft.html)
3) “Microsoft Takes Additional Steps in Implementing Interoperability Principles”, Microsoft News, June 30, 2008
(http://www.microsoft.com/presspass/press/2008/jun08/06-30InteropUpdatePR.mspx)
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