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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2008年5月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
プロセッサの主役交代を振り返って
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
直線道路は続かず――メインフレーム
コンピュータの世界では、1964年にIBMがシステム/360を発表して、メインフレームの時代が本格的に始まった。それ以来1980年代末に至るまで20数年にわたって、メインフレームのメーカーは、ほぼ5〜6年の間隔で新製品を出した。メーカーは、一直線の高速道路を、前だけ見てアクセルをいっぱいに踏んで走ればよく、ユーザーも、数年ごとに最新鋭機に切り替えればよかった。両者とも他の選択肢をあれこれ考える必要がなく、「古きよき時代」だった。
ところが1980年代の後半になると、高速道路に左右の分かれ道が現れ出し、行方には霧がかかってきた。「この高速道路はまだまだ続く。俺たちはこれを走り続ければいいのだ」という人がいる一方、この道路がいつまで続くのか、心配し出す人も出た。
メインフレームの価格・性能比の改善は、10年間で10倍ぐらいだった。それは他の工業製品の進歩に比べれば格段に大きかったが、半導体の進歩は10年間にほぼ100倍だった。コンピュータは半導体の固まりだが、メインフレームは半導体の進歩を十分には反映できていなかった。そのため、高速道路はいつの間にかガタガタ道に変わっていった。
革命児、天下を取れず――RISC
メインフレームは複雑な命令体系を持っていてCISC (Complex Instruction Set Computer)と呼ばれる。これに対して、もっと単純な命令体系のRISC (Reduced Instruction Set Computer)の研究が1970年代半ばにIBMの研究所で始まった。IBMで、この研究に従事していたジョエル・バーンボウム氏の論文には「ものごとはすべて、できるだけ単純なほうがよい。単純すぎてはダメだが」というアルバート・アインシュタインの言葉が引用されていた。
この研究は時代に先駆けたものだったが、製品としては日の目を見なかった。しかし、1980年代の後半になって、半導体技術が進歩し、RISCを1チップで実現できるようになると、RISCはコンピュータの価格・性能比を飛躍的に改善した。そして、サン・マイクロシステムズ、ヒューレット・パッカード、IBMなどがRISCを使ったサーバのビジネスに参入し、メインフレームの市場の一角を切り崩した。
1980年代末には、バーンボウム氏はヒューレット・パッカードに移って同社のRISCのプロジェクトに従事していた。小生はシリコンバレーのレストランでの会食で同氏と隣り合わせたことがある。「メインフレームはどうなると思いますか」と伺うと、同氏は即座に「メインフレームはなくならない」と答えた。小生にはRISCの生みの親のこの意見は意外だった。ヒューレット・パッカードの別の人は、それを聞いて、「しかし恐竜は絶滅した」と言った。その後20年経ち、メインフレームは衰退の一途をたどってきたが、今でも生き残っていることを思うと、両意見とも正しく、時間軸の捕らえ方の違いだったようだ。
量が決め手――x86ファミリー
1970年代初めにマイクロプロセッサが誕生し、初期のパソコンに使われだした。これはCISCの一種である。1980年代になると、その中でIBMのパソコンが使ったインテルのx86ファミリーが最も普及し、世界中のパソコンの事実上の標準になった。インテルのマイクロプロセッサの製品名が、8086、80186などだったため、まとめてx86ファミリーと呼ばれる。しかし、1980年代には、これがメインフレームの市場を奪うことになるとは夢にも思わなかった。
ところが、半導体技術の進歩によって、1チップのマイクロプロセッサに、従来の大型コンピュータのパイプライン制御*1) やキャッシュ・メモリ*2) を搭載できるようになり、性能がどんどん向上した。そうなると、パソコン用に量産されるx86の方がRISCより圧倒的に安く、アーキテクチャの優劣は影が薄くなってしまった。そして、これを使ったサーバがメインフレームやRISCの市場を小型機の方から侵食していった。
こうして、現在はx86のサーバが銀行のオンライン・システムでも使われるようになり、また、2007年11月に発表された調査によれば、全世界のスーパーコンピュータの上位500システム中82%がx86を使っている1)。今やパソコンからスーパーコンピュータまで、x86ファミリーがプロセッサの主流になってしまった。
主役交代の原動力は?
このように、プロセッサの主役交代を促したものは常に半導体技術の進歩だった。アーキテクチャ自体の優劣は決め手にはならなかった。時代とともに技術は変わる。しかし、その変化をもたらす真の原動力は何かを見誤らないことが重要である。
今後も半導体の進歩は続くと言われるが、プロセッサはどう変わっていくのだろうか? 現在は、ごく普通のパソコンでも、1チップに2プロセッサを内蔵したマイクロプロセッサが使われている。今後半導体の集積度がさらに上がれば、内蔵プロセッサの数は数十個から数百個に増えていくだろう。いわゆるマルチコア・プロセッサである。そういう時代になったとき、コアのアーキテクチャはx86が主流であり続けるのだろうか? それともいずれかのRISCが主流に返り咲くのだろうか? いずれにしても、それを決めるのはアーキテクチャ自体」の優劣よりも、各プロセッサの市場規模や、インテル、IBMなどの事業戦略によることになりそうだ。
「OHM」2008年5月号
[後記] マルチコアはその後も進展している。IBMが2008年6月に発表した、Roadrunnerという世界最高速のスーパーコンピュータには「Cell」というプロセッサ・チップが使われている。これは、ソニー、IBM、東芝によってソニーのビデオ・ゲーム用に共同開発されたものの改良型で、1個の汎用プロセッサ・コアと8個の演算専用のコアを持っている。
また、サン・マイクロシステムズは、現在8コアのプロセッサ・チップを使っているが、2009年の出荷に向けて16コアのプロセッサ・チップを開発中と言われている。
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