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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2008年3月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

ガラパゴス脱出なるか?・・・次世代PHS

 

酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

総務省がウィルコムを選択

200712月、総務省は次世代無線通信用の2.5GHz帯の電波の免許を2陣営の通信事業者に交付した。この帯域の電波については、携帯電話事業者のNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3グループがWiMAXで使うことを提案し、PHS (Personal Handy-phone System)のサービスを提供しているウィルコムが次世代PHSで使うことを提案していた。総務省はこれら4陣営の中からKDDIのグループとウィルコムを選んだ。

KDDIなどが提案したWiMAXは国際標準で、全世界で普及しつつある。一方、次世代PHSはウィルコムが開発中のもので、現在のところウィルコム以外に使用予定はない。総務省の今回の選択ははたして妥当だったのだろうか?

 

PHSの歩み

PHSとはどういうものか、その歩み振り返ってみよう。PHSはコードレス電話の技術をベースにして開発され、1995年にサービスが開始された。その簡便さのため、電気通信事業者協会の統計によると、契約数が1997年には700万件を超えた。しかし、その後通常の携帯電話に押され、2005年には一時450万件以下に減った。その後は、定額のデータ通信サービスなどにより、2007年には500万件以上に盛り返したが、また減少して同年12月の契約数は約477万件である。これは、携帯電話とPHSの合計約1530万件の4.5%である。

一方、中国では1997年に小霊通(シャオリントン)という名前で使われ出し、急速に普及して、中国の情報産業部によると、2006年には契約数が9,309万件に達した。しかし、200611月以降は減少が続き、200711月には8,813万件に減ったという。

PHSの技術的特長は、通常の携帯電話に比べ、一つの基地局がカバーするエリアが狭いため、周波数の利用効率が高いことである。また、コードレス電話の技術をベースにしているため、固定電話との相性がよく、最近流行しているFMC (Fixed- Mobile Convergence)という固定電話と携帯電話を融合したシステムに適している。このように、PHSには技術的に優れている点がある。

PHSの最大の問題は、電話回線を使うため通信速度が32kbpsと遅いことだった。そのため、次世代PHSでは種々の新技術を取り入れて高速化を図っている。しかし、採用予定の技術は、ほとんど次世代の携帯電話で使われるものと同じで、PHSの特長が薄れ、次世代の携帯電話に近いものになる模様である。

 

次世代PHS選択の問題点

この次世代PHSを総務省は次世代無線通信の一つに選んだ。しかし、これは過去を振り返れば極めて当然のことである。現在の総務省と総務省が所管する電波産業会、情報通信技術委員会は、1990年代前半からPHSの開発、規格制定、実用化実験に深くかかわってきた。いわば総務省はPHSの生みの親なのだ。今回の通信事業者の選定に当たっては、約130項目について厳正に審査したというが、総務省は公平に審査できる立場になく、PHSの採用は最初から決まっていたのではないかと疑われても仕方がない。

問題は、次世代PHSが事実上の国際標準の一つになるかどうかだ。IT製品は半導体とソフトのかたまりなので、数が少ないものは競争に勝てない。日本の携帯電話の市場は世界の10%以下なので、たとえその10%を確保しても全世界の1%以下だ。これではとうてい生き残れない。

中国に1億人に近いPHSのユーザーがいるので、PHSは事実上の国際標準の一つになると言う人もいる。しかし、これは中国政府が固定通信事業者に携帯電話への参入を認めなかったため、固定電話事業者が代替手段としてPHSを採用したからである。中国政府がそれを黙認したのは、PHSが国際的に携帯電話の標準仕様として認められていなかったためである。今後、第三世代の携帯電話については、中国政府は固定電話の通信事業者にも参入を認めると言われている。そうなれば、固定電話事業者はPHSを使い続ける必要がなくなり、PHSユーザーは急速に減る可能性がある。すでに中国ではPHSユーザーの減少が始まっている。そして、現在の中国のPHSユーザーは主として通話に使っているので、高速データ通信用の次世代PHSのニーズがあるかどうかは疑問だ。したがって、中国での実績を根拠に、事実上の国際標準になると考えるのは危険だ。

次世代PHSの規格は昨年3ITU(国際電気通信連合)によって承認されたが、もっと早くから国際規格化に真剣に取り組むべきだった。1995年に「PHS MoU (Memorandum of Understanding) Group」という国際団体を作って普及に努めてきたが、総務省とウィルコムの関係者が役員の大半を占め、事務局が総務省傘下の電波産業会にあるようでは、日本政府からの独立性を疑問視される。

日本はITの世界のガラパゴスと言われている。第二世代の携帯電話でPDCという日本独自の規格を採用したのがその大きな原因と言われる。「日本発」は結構が、それは「日本発、全世界へ」でなければならない。「日本発、日本だけ」の生物を増やせば、日本のガラパゴス化をますます促進し、日本のITの将来は暗い。総務省には、WiMAX2陣営の通信事業者に競わせ、価格やサービス面でユーザーに利益をもたらすとともに、WiMAXでの国際競争力の強化を図る選択もあったはずである。

OHM20083月号

 

[後記] 中国では、中国電信と中国網通の二大固定電話会社がPHSのサービスを提供していた。しかし、20085月に通信業界の再編で、中国電信は、携帯電話会社である中国聨通のCDMA事業を引き継ぎ、中国網通は中国聨通のGSM部門と統合することになった。こうして、固定電話会社と携帯電話会社が再編されたため、固定電話会社が携帯電話の代替えとしてPHSを使う必要はなくなった。そして、再編後の新会社には第三世代の携帯電話の免許が与えられるということだ。

なお、中国の小霊通の契約数はその後も減り、20085月には7,855万件になったという。 (2009年3月号)

 

その後のPHSの状況については下記をご参照下さい。 (12/7/10)

  「『小霊通(シャオリントン、中国版PHS)』のその後」、ブログ "Tosky's IT Review" (12/7/9)

 


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