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(株)エム・システム技研 「MS TODAY2008年2月号 掲載        PDFファイル [(株)エム・システム技研のご提供による]

 

ITビジネスから見た海外事情

 

(第14回)  東南アジア旅行より

 

酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀

 

 

私は1995年に、社会経済生産性本部のアジア経済事情調査団の一員として、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、タイを訪問しました。私にとって東南アジアは初めてだったので、いろいろと新鮮な驚きがありました。今回はその中から今でも印象に残っていることをいくつかご紹介しましょう。もう10年以上経っているので、現在は変わってしまったものもあるかも知れませんがご容赦ください。

 

イスラムの匂いが充満

最初にインドネシアのジャカルタに行きました。そこのホテルで寝ていると、明け方に「ウォーッ!」という大音声が外から聞こえてきて、飛び起きました。暴動でも起きたのかと、寝ぼけまなこで窓から外を見ましたが、別に何事もない様子なので、何だか分らないまま、また一眠りしました。まだ午前4時ごろのことでした。後で、それは近くのモスクがお祈りの時間に合わせてコーランを流したのだと聞いて安心しました。

ホテルの部屋の天井の隅には矢印が書いてありました。これも最初は何か分りませんでしたが、後でこれはメッカの方角に向かって1日に5回お祈りをするための印だと分りました。

次の日は日本の銀行の支店に行きました。それはジャカルタの街の中心地にある大変立派なビルでした。そこのトイレには、手を洗うところとは別に、水道の蛇口と水を流す場所がありました。何のためか分らないので聞くと、それはお祈りの前に足を洗うためのものだということでした。イスラム教の人を雇うにはこういう設備が不可欠なのだそうです。

インドネシアの次にブルネイに行きました。ここは人口30万人ほどの小さな王国で、国王がイスラム教の徹底に非常に力を入れていて、インドネシアと違い、空港でも女性はみんな頭に布をかぶっていました。その空港を出て、われわれがバスに乗り込んでいると、同行の旅行会社の人がいつまで経っても空港の建物から出てきません。そして、やっと出てきたかと思うと、われわれ全員にもう一度税関まで戻ってくれと頼みます。ブルネイでは酒が買えず、外国人でも公の場所では酒を飲めません。しかし、外国人が自分で飲むための酒を国外から持ち込んでホテルの部屋などで飲む分には問題ないということで、われわれが飲む酒をその人がまとめて持ち込もうとしたのです。ところが、税関の役人が「これはお前一人で飲むには多すぎるからダメだ」と言うのだそうです。そのため全員が税関に戻って、これはみんなの分だと言って、やっと持ち込みを許可されました。これは大変な国へ来たものだと思いました。

ブルネイに駐在している日本の商社の人に聞いた話では、男女の交際もはなはだ厳しく、夫婦以外の男女が外でいっしょにいるところを警官に見つかると、村長のところへ連れていかれて結婚の約束をさせられるか、国外追放になるということでした。

イスラム圏の国では社会の隅々までイスラム教の匂いが充満しているように感じました。ほかの宗教の国では感じられない緊張感が漂っていました。その後、マレーシアを経てタイに着いたときは、やっとその緊張感から開放されてほっとしました。やはりわれわれには仏教国の方がなじめるようです。

 

「ビジネス・チャンス」が最も重要

インドネシアでは、最大の財閥であるサリム・グループのアンソニー・サリム社長の話を聞きました。この人は華僑の創業社長の三男で、ほかの人がみんなスーツを着ているのに、一人だけ民族衣装で出てきて、流暢な英語で1時間にわたって原稿もなしに、インドネシア経済とサリム・グループの現状について話を続けました。

自分の父親が50年ほど前に中国から渡ってきて事業を始め、現在は22万人の従業員を抱えて、インスタント・ラーメンからコンピュータまで手がけているということでした。事業拡大に当たっては“opportunity”を最も重視していると言っていました。 “opportunity”とは、日本流に言えば「ビジネス・チャンス」ということでしょう。重要なのは、自社が新事業に対応できる技術、設備、人材などを持っているかどうかではなく、ビジネス・チャンスがあるかどうかで、技術などは必要なら外から買ってくればいいという考えでした。

同行者が、「“opportunity”があっても進出しないことになっている分野はあるのですか」と質問すると、サリム社長は即座に、「売春、ギャンブル、麻薬は手がけてはいけないというのがサリムの憲法です」と答えました。逆に言うと、これら以外はビジネス・チャンスさえあると見れば何でもやるということなのでしょう。

こういう考え方は非常にアメリカ的だと思いました。しかし、現在の市場経済の世界では、むしろこれが普通なのかも知れません。日本の多くの企業のように、従業員を養うことを真っ先に考え、新分野に進出する技術などが自社になければ進出をためらうのは、国際的には少数派なのではないでしょうか。いずれがいいかは別にして、アジア諸国でもアメリカ的な考え方が主流になりつつあるように感じました。

 

水上集落の豪邸を訪問

ブルネイでは、首都のバンダル・スリ・ブガワンで水上集落を訪問しました。はじめは、「水上集落」と聞いて、川の中に掘っ立て小屋のようなものが建っているのかと思っていました。ところが大違いで、ブルネイの人口の約10%3万人が住んでいる大集落で、電気や水道も完備していて、学校や警察もあるということでした。

われわれを船で案内してくれた船頭さんが、水上集落の自宅に招いてくれました。そのお宅の居間は40畳ぐらいあり、天井には大型の扇風機が8台ついていました。そして、テレビが3台あって、5人の子供がそれぞれ見たい番組を見ていました。集落から外へ出かけるときは、自宅から川岸までモーターボートのタクシーで行き、そこに停めてある自家用車で出かけるのが普通なのだそうです。

ブルネイは石油と天然ガスのおかげで大変豊かで、首都近辺の道路はよく整備されていて、真新しい日本やヨーロッパのクルマが走り回っていました。学校も病院も無料で、住宅は政府が安く供給してくれるということです。現地に駐在していた日本人の話では、ブルネイ人は豊か過ぎるためハングリー精神に欠けるのが問題で、現地の人を雇うと、日本人なら一人で済む仕事に4人必要だと言っていました。ブルネイ人はみんな給料のいい役人になりたがり、肉体労働は敬遠されるそうです。そのため、土木工事などはほとんどフィリピンなどからの出稼ぎ労働者に頼っていて、軍隊も外国人の傭兵だそうです。

ブルネイの国王は世界有数の金持ちで、ガイドの話では、クルマを300台持ち、そのうち100台はロールスロイスということでした。現在、インターネットにはクルマを5,000台持っているという話が出ていますが、国王自身のもの、王族のもの、国王が人にあげたものなど、どこまで入っているのでしょうか。そのガイドは、国王はイギリスに留学していたためポロが好きで、ポロ用の馬を600頭持っているとも言っていました。イスラム教では4人まで持てる奥さんは2人だけということですが、いずれにしても、われわれには想像を絶するような生活をしているようです。もっとも、ただ贅沢な生活をしているだけでなく、社会福祉には非常に力を入れ、断食明けには参賀の国民と一人一人握手し、子供にはお土産を渡して人気の維持に努めているということでした。

ブルネイにとって長期的に深刻な問題は、石油資源の枯渇です。ほかにたいした産業がないブルネイでは、石油が採れなくなったら現在の繁栄は間違いなく終焉するからです。

 


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