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(株)エム・システム技研 「MS TODAY2008年1月号 掲載        PDFファイル [(株)エム・システム技研のご提供による]

 

ITビジネスから見た海外事情

 

(第13回) 36年振りのフロリダ

 

酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀

 

「どうしてここに来るんですか」

今から40年以上も前の話ですが、1965年に、私が勤務していた会社で、私を含めて8名の人が米国フロリダ州のウェスト・パーム・ビーチにしばらく滞在していました。そこにあったRCA社の工場で、コンピュータの共同開発プロジェクトに従事していたのです。

その後状況が変わって、そこを訪れることはなくなり、われわれ8人は顔を合わすたびに、「もう一度みんなであそこに行ってみたいね」と話し合っていました。どうも人間というものは、歳をとると若いときに過ごした場所に行ってみたくなるもののようです。そこで、2001年に、当時とまったく同じメンバーで、36年振りにそこを訪れることにしました。

当時は、われわれは「トロピカル・アイル」という、大西洋に面した、キッチン、食器付きの小さなモーテルで自炊していました。できたらまたそこに泊まりたいというのがみんなの希望でした。インターネットで調べると今でもそのモーテルがあることが分かったので、そこに電話をかけて8部屋予約しました。予約の話が済むと管理人が、「ところで、どうしてここに来るんですか」と聞きます。長期滞在する家族用のモーテルで、外国から予約の電話が入ることなどまずないのでしょう。まして日本からの電話に大変驚いた様子でした。そこで、昔そこに泊まっていたことなどを話しました。そして、おそるおそる、「ところでトロピカル・アイルは昔のままですか」と聞きました。名前は同じでも、建物や部屋がまったく変わっていたら、わざわざそこに泊まる意味がないからです。「基本的には同じです」という返事を聞いて一安心しました。

このモーテルで3泊して、前に仕事をしていた工場や、食事をしたことのあるレストランなどを訪ねる予定にしました。そのあと、マイアミで2泊することにしました。昔はウェスト・パーム・ビーチの空港には長距離便が入ってなく、いつも100キロメートルあまり離れたマイアミ経由だったので、よくそこのホテルに泊まったからです。

 

36年前にタイムスリップ

こうして、20015月某日、われわれはフロリダへ出かけました。ウェスト・パーム・ビーチの空港に着くと、レンタカー2台に分乗してトロピカル・アイルへ向かいました。そのモーテルがある島に渡る橋は、新しい大きな橋に変わっていました。しかし、トロピカル・アイルは「基本的に同じ」どころか、まったく昔のままでした。まわりのホテルはずいぶん変わっているのに、トロピカル・アイルだけは建物や部屋の汚れ具合まで昔と変わっていませんでした。

翌日は、何はともあれ、昔仕事をしていたRCAの工場があったところへ行ってみました。RCA1970年代にそこから撤退したので、もう跡形もないかも知れないと思っていました。車で近づくと、その付近の道路は大幅に変わっていて、われわれの心配は募りました。しかし、そこへ着くと、何と建物は昔のままの姿で残っていました。工場の大きい建物は、現在は貸しビルになっていて、多くのテナントが入っていました。われわれは、建物の中を歩き回って、この辺で仕事をしていたとか、この辺にカフェテリアがあったとか思い出話に花を咲かせました。

トロピカル・アイルも昔のまま、RCAの工場の建屋も昔のまま、そして、同行の8人も昔のままです。そのため、われわれは36年前にタイムスリップしたような錯覚に襲われました。昔に比べるとわれわれも歳をとり、40代だったわれわれのボスは80歳になり、入社したてだった私も60を超えていました。しかし、お互いの歳の差はまったく変わってないので、お互いの関係も36年前に戻ってしまいました。

当時、われわれは海外生活の経験がなく、唯一の経験者だったボスから、英語の使い方からチップの払い方まで教えてもらっていました。その関係がよみがえってしまい、今回も、何から何までボス頼りになってしまいました。そして、議論好きの人は、昔と同じように、何かにつけて議論を戦わせていました。われわれの気分もすっかり36年前にタイムスリップしてしまいました。

 

すっかり変わったプールサイド

ウェスト・パーム・ビーチで2泊した後、マイアミまで大西洋岸をドライブしました。もちろん自動車道路もあるのですが、景色がよくないので、ヤシ並木がある大西洋岸の道をできるだけ使いました。

36年前の日本では、自動車道路としてはじめて名神高速ができたばかりだったので、フロリダの平地を一直線に伸びる自動車道路に喜んでスピードを出しすぎ、警察に捕まった人もいました。私は当時日本の免許証しか持っていませんでしたが、警察に聞いたところ、短期滞在ならそれで構わないということだったので、車の運転もしました。しかし、日本の免許証だと、もし捕まっても、警官には免許証か会社の従業員証かの区別さえつかないはずです。成人なら車の運転ができるのが当たり前で、免許証など重視してないことを再認識しました。

マイアミではホテルのディナー・ショウを見ました。それは、36年前の忘れられない思い出があったからです。その時、一番前のテーブルで見ていると、若い細身の歌手が突然同行者の一人を舞台に招き上げて顔中にキスしたのです。ところが今回の歌手は、恐ろしく太った年増の女性でした。昔は細かったけど、今はこのようにフィレ・ミニョンみたいになってしまったとか、自分の身体をネタにしてさんざん笑わせました。そして、信じられないことが起きました。またしても、36年前と同じ人が舞台に引き上げられ、次の歌の間中、ずっと胸に抱きかかえられていたのです。36年振りに来て同じことが起きるとはまさに「ギネスブックもの」でした。帰り道に私は言いました。「どんなにキスされても抱きつかれてもパニックに陥らずに平然としていられる人を、大勢の観客の中から一目で見抜くとは、さすがにプロの目は違う」

マイアミのホテルで、プールサイドのデッキチェアに寝そべっていると、雰囲気が昔とまったく違いました。昔は年配の夫婦がプールにゆったりと浮いていて、「どこから来たんですか」と聞くので、「日本」と答えると、「ラフカディオ・ハーンを読んだことがあります」などと話していました。しかし、今はスピーカーからジャズの演奏が流れ、子供がキャーキャー騒いでいます。そして、アフリカ系やラテンアメリカ系の客がやたらと多いのです。昔は、客はみんな白人で、アフリカ系の人は従業員だけでした。フロリダではまだ人種差別の名残が色濃く、レストランのトイレが別になっているところもありました。毎年のように来ていた西海岸ではあまり変化を感じませんでしたが、36年振りフロリダへ来て、この間のアメリカ社会の変化を痛感しました。

こうして36年振りのフロリダ旅行はあっという間に終わってしまいました。米国には、この36年間に大きく変わったところとまったく変わってないところがあるのだとつくづく思いました。

 


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